2016年10月10日・11日 日の出シンポジウム「日の出の森からレッドカード」

2016年10月に行われた、シンポジウムの記録です。2日間にわたり日の出町のゴミ最終処分場、エコセメント施設を巡る運動の歴史と経過から今
後のゴミ問題、環境問題を考えるシンポジウムの内容をまとめたものです。

日の出の森からレッドカード 
2016年12月10日~11日 於 国分寺労政会館

=== ダイジェスト ===
第一日目

開会のご挨拶とシンポジュウムの概略説明
「たまあじさいの会」を代表して、たまあじさいの会 共同代表 下向辰法
二十数年も裁判活動を支えてくれた梶山正三弁護士をはじめとする日の出弁護団ヘの感謝。
環境汚染の調査活動をご指導くださった、日本環境学界の先生方、さらに気象、植物、電子顕微鏡、微粒子分析など各専門分野の先生方、「代替案」を作成されたプランド研究所の畔上先生に感謝と御礼。
ごみ問題解決のためには、地域自治・住民自治を貫くこと。そのためには、選挙以外の戦略・活動が必要であろう。今回のシンポジュウムは、解決していくための「プログラムの第一歩」と考える。
一日目
テーマ1では、日の出処分場の二十数年間を振り返る
テーマ2では、処分場の問題点の検証
二日目
テーマ3では、わが国のゴミ処理方法とその施策
テーマ4では、ゴミ問題解決に向けての展望と施策について、前向きの討論を!
放射性廃棄物問題をも含めてのゴミ問題を、皆さんと共有化していきたい。

1.  日の出問題を顧みて
1.1 二ツ塚処分場建設手続き
登壇者: 田島征三、萩原基資、永戸千恵
萩原: 
1982年、29歳から玉の内部落に住むが、1984年に谷戸沢処分場の稼動が始まる。
第二処分場、二ツ塚の話が持ち上がり1992年、14%受入れ、25%絶対反対、52%が(ハードルの高い)条件付賛成だったが、結局は(条件付ながらも)賛成47対(反対)8で住民の基本同意がなされたとみなされた経緯がある。組織的な反対運動はなかった。
何故なら、賛成の同意がなされるとは思ってなかったから。
田島:
1969年から日の出町に住む。ヤギを飼い始める。当時、谷戸沢の草を食べさせていた。
谷戸沢の地価の低い土地だったところが、処分場が出来ることで地価が上がる。町の財政状態も悪かったが、改善したので、当時の宮岡町長は必要悪として苦渋の決断だったろう。しかしさらに10年もしないうちに第二処分場、二ツ塚の問題が持ち上がる。町の財政状態はもはや必要とはしないが、青木町長時代に姑息な、卑怯な、酷い手法さへも駆使して結局、基本同意がなされてしまった。
永戸:
玉の内地区の基本同意がなされたが、その隣地の大久野へ1991年に空気の良いところを求めて、中野から越して来た。当時、谷戸沢処分場に町の職員が案内してくれた。処分場のゴムシートは、1.5mmの薄さで、カラスが突っついてもすぐに破れる。猛毒の焼却灰が蔵置されれば直ぐに地下水系に溶け出してしまうだろう。安全を疑問視し、お母さんの会が立ち上がり、水が心配だと問題提起し、安全性を確認するように日の出の町民の過半数の署名を取る。『これおかしいのでは?』がこの25年間にいっぱいある。その例として。でたらめなNが毒をばら撒いているとの怪文書を、青木町長が五日市警察に持ち込むなどの事件もあった。
萩原:
言い残したことは、発言したことよりはるかに多いが。
田島:
反対者の家に放火事件。怪文書出回る。五日市警察署でさえ反対派へ良識ある対応。
永戸:
街宣車に追われる。議員になって多くの人に接すると、な~んだ、普通の人だと驚かれた。

1.2 トラスト運動
登壇者: 大沢 豊、田島征三、佐竹俊之
大沢:
1992年から携わる。美しい自然がゴミ処分場に既に出来ていた。土地収用法、法律による収奪法。しかし見方によっては、市民側に一定の権利、反対運動を可能にもする。米軍基地拡張反対の「砂川闘争」は、当時の美濃部都知事が土地収用法手続きを見送ったことから市民側が勝利できた。
(配布資料の『トラスト運動の歴史』参照)1994年、処分場予定地内の土地を売ってくれる地主がいて、2,800人でトラスト地を共有した。事務手続きがたいへん。事務局長として係わる。楽しい運動ともなった。処分組合(資源循環組合)の年表と照らし合わせ。94年にトラスト運動を開始。運動、調査への抗議、マスコミ。東京都収用委員会での手続き。2000年10月に行政代執行。代執行費用請求があって、2004年にトラスト運動は収束した。事業認定裁判は2008年最高裁が上告を棄却し、判決確定。
佐竹:
これまでの住民の長い活動に敬意。当時弁護士会の弁護士として梶山先生等と1993年より、取り組む。司法はもとより強いものではない。しかし住民の運動に裏打ちされてはじめて効果が生まれる。トラスト運動、立ち木と土地の権利を求めて。司法では財産権、人格権(生命・健康・身体)の訴えがあるが、財産権は比較的に保護されている。トラストを巡って、10件以上もの財産権を巡る裁判がなされた。(樋渡先生の資料を参照)
世の中を動かすものは何だろう。金か、権力か?もうひとつ、民主義のもとでは、数の力というもの、主権者の数がある(選挙を含めて)。世論としても廃棄物・処分場は簡単には作れない、ゴミ処分、3Rの問題が世の中に浸透してくる。土地収用法の運用の問題、2001年に結果的には改悪されたが。
田島:
トラスト運動は文化運動でもあった。「日の出大学」ができた。生態系の勉強から、文楽の公演、フォーク・ソング、CWニコル、トラスト地の真ん中に出来た庭、そこの土と石と木と水の流れを利用した若林奮の作品(緑の森の一角獣座)、中里エロスさんの風の塔にある一枚一枚のレンガの思い。2,800人のトラスト・地権者の財産権を守る、土地収用法改悪への反対運動が必要だのではないか。
大沢:佐竹:田島
処分組合、行政の費用の無駄。700万円の土地に7億円の費用を掛けるバカなことを。
この経験をどう活かしていくか。行政の手続きの酷いやり方。トラスト所有者への脅し、嫌がらせがあった。申し訳ない気持ちと、腹立たしさ、怒りがある。

1.3 環境調査活動
登壇者: 瀬戸昌之、安藤 隆
安藤:
環境調査について、二つに分類できる
1)住民による調査
自主アセス中間報告(1994年)
多摩地区27市町における有害ゴミ回収について(配布資料を参照)
谷戸沢処分場の水漏れ調査
ゴミ運搬のトラックによる環境被害(交通量・健康被害調査)
簡易水質調査法による谷古入川の水質調査(日の出エコ・チームが引き継ぐ)
日の出町玉之内地区のガン死調査(1997年9月~12月)
2)たまあじさいによる
第一次たまあじさいの会による調査(1999年3月~2002年)
処分場に持ち込まれる焼却灰の場外飛散の解明
処分場周辺にみられる植生の異変調査
第二次たまあじさいの会による調査(2002年3月~)
エコセメント化施設建設に伴う環境調査
― 気象・土壌・植物・水生昆虫・野鳥・雨水
放射性物質による周辺汚染の実態調査(震災瓦礫の持ち込み等のせい)
― 定点線量・表層土壌・広域空間線量・杉の葉線量・ちくりん舎とのコラボ
  ホットスポットファインダー・リネン布による調査
現在行っている調査
― リネン布による多摩川の河川水線量
― 排気ガス(エコセメント化施設)による広域植物の異変
  プラムボックスウィルス
  ヤノナミガタチビタマ無視によるケヤキの食害調査
― 福島県南相馬市の放射線調査
― 水質調査の継続
調査活動から見えてくるもの
― 市民が事実を把握する  自立した市民意識
― 事業者に与える緊張感
― 科学的な調査による説得力
― 調査自体が運動である  継続的な調査と広報活動
― 環境調査以外の調査活動(行政・予算等)のチェックが必要ではないか
瀬戸:
地下水の話。ゴミ汁。谷戸沢は東洋一、理想の処分場?
実際はどうか?谷戸沢は埋め立て完了(1998年)してから18年経過。クリーンになっているのでは?
無機物(ミネラル)と有機物による汚染がある。指標として、電気伝導率(μS/cm 通常は100以下)塩素イオン、BOD(有機物)
処分場発表のデータによっても、滲出水原水(つまりゴミ汁)、地下集排水管、下水道放流水の汚染は、それほど低下していない。活性汚泥処理による浄化では、電気伝導度と塩化物(無機物)を下げることは出来ない。
遮水シートの下では何が起きているか? モニタリング井戸などの地下水の伝導率18年経過してもたいした変化はない。つまり一度汚した地下水は、もとには戻らないが。谷戸沢の地下水は、北東から南西に流れている。それから外れた地下水流は汚染されていない。

ちくりん舎の紹介; 青木一政
3・11の事故から、隠蔽、被害者の切捨て、帰還政策。過去の公害事件と同じやり方、誤った方向行く恐れがある。福島老朽原発を考える会(ふくろうの会)、1995年から活動、危険性を訴える。現実を正しく知る。放射能測定プロジェクト。フランス市民団体アクロよりゲルマニュウム測定器の寄贈の話。大型装置の設置場所、経費の問題解決のためにパートナー探していたが、たまあじさいの会と知り合う。3年前から活動開始。今やゲルマニュウム測定器2台、シンチレーション式測定器などの設備を有する。精度の高い正確な放射能測定が可能となった。福島の子供たちの尿検査(お母さん方への働きかけ)、リネン吸着法による大気中の放射能検査(福島までの汚染ごみ焼却問題、全国各地98箇所で測定中)多摩川流域のセシウム汚染調査、福島沖海底土調査、コイの内部被爆と免疫関連研究などをしている。
(残念ながら)ごみ問題と放射能汚染がくっついてしまった。焼却炉周辺の調査の大切さ。
被爆の実態の隠蔽の問題、実態把握をする、それを訴えていくことが重要。
2017年3月19日に、ちくりん舎第4回シンポジュウム開催予定

1.4 裁判関係者
登壇者: 樋渡俊一、釜井英法、福島 晃
樋渡: 幾多の裁判の中で、谷戸沢処分場のゴミの撤去、二ツ塚処分場建設差止め訴訟
と公害防止協定(地元と処分組合の間)、情報開示の条項について
差止め訴訟(資料にある、民事差止請求権関係を参照)裁判はいいところまで行った。
処分場内の有害危険物の存在、大気(上からの)汚染、地下水(下からの)汚染、ゴムシートの破損は否定できないこと。つまり裁判所も焼却残渣が周辺環境を汚染していることを認定した(これは住民による調査の効果である)
差止めに至る法律論。現実的な危険性があるかが、棄却の理由
情報開示:地裁は認めて、高裁では棄却される。(しかしその後の廃棄物処理法の改正に寄与したと言われる)
釜井:エコセメント裁判経過
資料(樋渡先生p. 15参照)、2003年4月提訴から、2016年2月上告審棄却まで
訴え:日の出に既に2つの処分場あり、そこに焼却灰を使用するセメント化施設による汚染、さらに原発事故汚染の放射性物質がばら撒かれる。周辺住民の生活、健康、人格権を脅かす。エコセメント工場の有害性であるが、バグフィルターによる汚染物質の回収の問題、データの存在あるなし、その取り扱い。水銀14.2トン、煤塵6.5トンが周囲にばら撒かれる危険性。
明確な事実。住民による調査、疫学データ、自然の変化など住民のデータは疑問視された。放射能汚染については、裁判長がデータに関心は示した(その瞬間があった)が裁判長が交代し、高裁判決。裁判所の壁は崩せなかった。しかしこれからではある。関わって生きたい
福島:事業認定について
日の出の裁判。50件ほどもの裁判、3,000人が関わる異例の事業認定の取り消し申請、行政訴訟である
争点:処分場の危険性、健康障害を引き起こす恐れ
住民側に立つ、東京地裁、民事3部の裁判長(藤山さん)もいたが、それに対し、処分場側はあからさまな引き伸ばし作戦があったようだ。
2004年には裁判長が雨の中、現地視察までしたが、その後交替し、敗訴。控訴、上告するも2009年に収容採決の取り消しともに結審。
トラスト地の持分訴訟、2001年から全国で起きる。好い加減な供託による解決を図られた。この日の出の運動で育ててもらった感あり。
1.4 報道関係者
登壇者: 山下 学(東京MXテレビ)
1992年より強制収用まで取材。どのように感じたか。
水質データについて。何故、公開しないかの素朴な疑問。存在しない訳がないのに、無いというのはどういうことか?深夜の取材を敢行すると行政マンも人間になる瞬間がある。取材を通じて、データがあって、高い数値があることを話す行政マンもいた。(しかし証拠は出さない)結局『水質データ』は誰のものかと考える?処分組合のものではないだろう。
そもそもゴミ処分場は住民の税金で作られているから。行政は情報公開することはないのだな、との実感。それを未だに引きずっている。
日の出の問題を通じて、地方と中央の問題。国があって、都があって、地方がある縦のラインの問題。裁判も弁護士のおかげで勉強できた。市民の皆様から、CIVIL RISK とは何かを勉強させてもらった。あらためて感謝します。
地方の現実とは?補助金により行政がなりたつのか?首長選挙の度にお金、補助金が町のために必要とされる。しかしその構造は、本当にそうなのか。原発も同じではないか?補助金に頼らざるを得ないとは。本当にそうなのか?頼らない方法を考えるべきではないか。
日の出運動を目にして、行政の何処に行っても窓口がない。(横断幕にも、何処に行けばよいのかと書かれて、都庁で座り込んだこともある)行政って?戻ることが出来ないところ。環境調査を行っても意味がない。行政の仕事は決められた方向で、仕事をしていく。市民が代替案を出したことは素晴らしいが、受け入れる場所が存在しない。行政に携わると、誰しもが粛々と目の前の仕事をこなすしかない。この問題はどうして変えられないか。(自分の結論として)行政自身では変えられないだろう。ならば、変えられるものは?それは政治の力であろう。政治の力とは、つまり有権者の力なのである。
名古屋の藤前干潟問題は白紙撤回となった。河村(現)名古屋市長の友人が環境庁にいたからとか。市民がよい政治家を選らばねばいけない。現代、民主主義は大丈夫なのかな?との疑問あり。それを危うくしているのが、自分も属するマスコミの質の問題。本当に大丈夫なのかと?行政からの圧力はあったかと質問を受けるが、それは当然あります。あって当たり前。
権力を持つものを問い質さずに、何がマスコミなのか?民間放送の場合は視聴率の問題あるが、あまりに偏っては問題。重要な問題を隠蔽したりするのはどうか。民間マスコミのトップが一国の首相とゴルフするような関係は如何なものか?結局は、政府を、世間を作り上げるのは一人ひとりの有権者の価値観、人生観の問題。
忘れられない思い出。東京都環境局で、誰も応じない。田島征三の言葉、『コンクリートの中で育った人達と、ボクら自然の中で育った人々は人生観が違うのでしょうね』との言葉。
結局そこなのだろうか。価値観を何処に置くかの問題。暗くなりがちだが、しかし明るい兆しもある。若者がいる。インターネットがある。熊本の地震でも、あっという間に人を集めてボランティアに行く。彼らは驚くくらい、ピュアで、これで大丈夫なのかと驚くくらい優しい。インターネットで問題を感じたら、直ぐに発信できる。直ぐに行動できるのが、今の20歳代である。これからひとつの契機になることと期待

2.  日の出問題は何だったか
司会・コメンテーター  梶山正三
パネリスト: 大沢 豊(立川市議)、折田真知子(日の出町議員)、畔上統雄(コンサルタント)、岩崎真由美(弁護士)、濱田光一(住民)、中西四七生(調査関係者)

梶山:この処理施設は本当に必要だったのか?必要だったが、環境破壊が著しかったので問題だった?具体的に、ではどのような方法があったのか?先ずは日の出問題に限って、討議したい。1984年が谷戸沢問題のスタートの年。梶山弁護士自身、この年まで東京都の公害研究所に居た。この谷戸沢処分場は必要だったかどうか?
大沢:それ以前のごみ処理はもっと酷かった。ばい菌、汚物にまみれたゴミが羽村の採石場跡などに投棄されていた時代よりも、まだましか?必要悪かも。住民が反対するのは当然だが。
中西:(有害物の)処分場を水源の上に置くのはおかしい。結果的にも汚染を起こしている。
梶山:水源地でなければよいのか?そもそも規模が大きすぎるとか?
折田:当時は処分場について、その危険性について住民はよく知らなかった。住民は、埋め戻されるものならば問題ないだろうと。ゴミ処理については、域内処理の考え方、住民監視の下に置くことがベストでは。ならば理解でき、それほど悪いものとは思わなかった
畔上:ゴミは埋め立てに使われていた。ゴミは土地造成のために歓迎されていた。錬金術でもあった。ゴミ処理する部落問題、非人の構造、その特権、役割も当時は強かった。東京都では杉並区と江東区のゴミ戦争。当時の美濃部知事はゴミ戦争宣言をした。広島でも『ゴミ戦争』と言われるものがあった。排出した自治体・単位が、その域内で処理せずに他所へ出すことが問題化した。そして排出者が何を出しているか、それを考えることを求めた。ゴミ処分場を考古学のような手法で科学する。廃棄物には化学物資など何が入っているか判らない。それがコンサルタント(全ての専門を超えて全体を見る)の役割。埋め立てプロセス。毎年変化するものだから、排出を管理しなければならない。
梶山:1972年に廃棄物処理法が産まれた原因、変化のきっかけ。この頃からゴミの性質が変わってきた。有害物質がいつまでも残る。燃やすとますます危険なものに変化する。
多摩川の水源地。隠し水源、小河地ダム、羽村、小作、落合、砧。水源地、取水地の近くに有害物の処分場を作ってしまった。厚労省で水源地の近くに処分所を作る是非について議論があった。その危険性は判るが、それに従ったら、日本中に処分場を作る場所がなくなってしまう。作る意義は?
岩崎:ゴミはどうしても出るから必要だろう。しかし水源の近くは問題だろう。
梶山:ゴミ処分場は全て技術的欠陥があるものである。問題出来たとき、如何に対処できるかも問題。
濱田:人生を変えるショッキングな問題。中村敦夫さんがいみじくも言った。裁判は行政が絡んでいるから、行政訴訟は絶対負けるよと。しかしそのことで見えるものもあるだろう。これからどう対処していくかを考えて行かねばならない。水源を汚すのは特に問題だろう。身に掛かる火の粉は降り払わねばならない。青梅でも団体を作って運動したが、自分に関わるものだという、リアルな判り易い問題、『見える化』とすることが民主主義の問題でもあろう。
梶山:行政側からの反論:誰でも反対するから、何処にも作れない。利己主義ではないか?
濱田:一部事務組合が相手。行政から切り離されている。住民から見えない。だから捨てる。健康被害が見えない。ゴミはゼロに出来ないから、出している人たちの足元で考える。
梶山:三多摩地区、ゴミの問題をどう捉えるか。
会場:ゴミを捨てるのは住民のエゴだろうか?そうではなくて作っているメーカーの責任ではないか。
梶山:有害ゴミを入れない。現実のゴミを入れないためには(将来的な話は別として)
畔上:ゴミの管理体制、解決に向けて考える。自分たちの問題として。『埋め立て』をモニターする。製造者(メーカー)から保管費用を取る。デンマークでもやっている。
梶山:今のは畔上さんの保管システムというもの。有害物質というものは処理出来る技術が生まれるまで保管を続ける。
梶山:デンマークのホテル・システム。一部事務組合、瀬戸先生の話(拡大生産者責任EPRの考え方)は、明日の大きなテーマとして取り上げる。この場は、日の出処分場に限ろう。谷戸沢の場合、1984年時点で地元には特に危機感はなかったようだが。
萩原:処分場が出来たので驚いた。判らないから勉強を始めた。羽村に住んでいたが、民間のごみ穴に廃棄で、酷い状況。税関没収ごみ、高級ウイスキーまで捨てられていた。日の出に来たら、処分場が来るという。これは既製の事実と諦めていたが、数年後に二つ目の処分場が出来るので反対運動始めた。
梶山:1970年ごろはたいへん乱暴なごみ捨て方。六価クロムなんて捨て放題だから公害問題に発展した。第二処分場の頃には地元の関心も強まった。1991年XPの検出。谷戸沢の危険露見がきっかけ。埋立て開始後、直ぐに汚染水漏れが始まったのではないか。
会場:(永戸)建設時にもうズタズタに破れていた。いちいち補修していたら工期に間に合わない。問題提起したら殺されるとの雰囲気あったようだ。
梶山:その後、ゴミの危険性については意識にあっただろう。第二処分場建設が具体化して行くときに、ひいては作るべきか、どうかの議論はどうだったか。
大沢:域内処理プロジェクトを三多摩の住人と作った。域内で処分できるものは処分する。出来ないものは保管をすると。立川ゆえ、昭和記念公園の一部を活用すれば可能だろうと。
都市化しているところは難しいかも。しかし身近に置いて管理することは大切だとの意見あったが、市当局としては地元の住民の反発を招くから、実現することは不可能との見解あった。結果としてはごみを作らない社会を築くしかないのかな、との思いである
梶山:域内処理とは、具体的にはどこらへんまで進んだのか。議会提案は出来たのか?
大沢:具体化までは力なし。保管庫構想、安全なものの分別。これは良い方向。処分するものは身近に置くべき。離れたら他人に押し付ける、無責任になってしまうだろう。しかし具体化までは出来なかった。近隣の市民の反発も招くであろうし
梶山:第二処分場はやはり作るべきであったのか、そうでなかったのか、回避するとしたらどのような方法があったのかの観点で議論を進めたいが。
中西:平成8年に畔上先生から代替案を作ってもらった。有害物質を処分するのはたいへん危険。大気汚染にまでは思いが及ばなかった。パイロット・プラントができないものかとの試み。これは評価さるべきこと。自治体・議会へ陳情したり、参議院議員まで相談に行った。小金井市は良く反応してくれて、それが処分組合から弾き出されるような結末になってしまったが。行政の体制の問題と、処分方法の二つの観点から代替案を、運動として推し進めようとした。
梶山:代替案とは?地域的にはどこらを想定していたのか?
畔上:市町村単位で責任を取れるシステムを。しかし日本では業界団体に入らないと実現しにくい。市長の裁量として、財源を持たせる。広域市町村単位では、議長がしっかりしなければならない。可能性としては、循環構造計画、欧米で実現しているのだから。
折田:第二処分場は作らなくて済んだと思う。第一処分場は既に汚染を出していた。ゴミは廃棄物だけど分別すると資源となることは当時もハッキリしていた。行政が市民を敵対者とはしないで、協力者とみなしていたらば、ゴミ行政はガラリと変わっていたはず。広域処分場でないと予算が出ないとか、枠を嵌めすぎていた。もし地方自治の裁量権をもっと活かす、市民の声もよく聞いていたらならば、かような処分場は作らなくても済んだだろうし、今のゴミ処理のシステムを変えることが出来たはず。市民を敵対者扱いとしたことが、大きな間違いだった。
梶山:第二処分場を作らなくって済んだはず。政策決定のメカニズムの問題。では誰が言い出したのか。処分組合ではない。東京都であることはハッキリしている。事業決定のプロセス。その中に住民が関与する部分はまったくない。議会も役に立っていない。承認するだけ。最後は、如何に住民に押し付けるかのセレモニー。第二処分場の最初の言い出しっぺは誰だろう?
濱田:テレビ、マスコミも関心をもってくれた。そこで知ったのだけど、三多摩、ごみ戦争と言っていた頃から、ごみは問題化すると。故に広域とすること。何処にするのかは、初めから日の出ありきだったのではないだろうか。指導したのは東京都であろう。
梶山:東京都である。裁判で見えたもの。プロセスの問題。
折田:議論の余地の時間はあったはずだが、(補助金も絡んでか)強行に進めてしまった。
会場:(雨宮)第二処分場は住民不在のまま進められた。役場に問い合わせたら、都からだと。都から言われたら仕方ないでしょうと。とても意識が高くなくては、市民が参加するのは無理だった。行政に対しては、決定されたレールに対して市民は常に後手後手となる。住民が無知、力が全く足りなかった。認識が低いところに決定が降りてしまう。住民意識が変わらない限り、とても無力である。
会場:(樋渡)市民に情報公開が大切。参加することで如何にゴミを減らすかを考えだす。愛知県の藤前干潟の問題が参考になろう。ゴミ処分場建設が頓挫した。市民への情報公開、そして市民の参加、結果としてゴミを減らすことに繋がった。政治の理解も得られた。
梶山:行政も市民も一致して協力すると良いのだが、多摩地区は大きすぎる。市町村段階で出来れば、もっとまっとうな議論が出来るのでは?
中西:羽村市、瑞穂町のごみ戦争、裁判。都が仲裁に入った。たまたまその構造の内部を垣間見れる東京都清掃労組の人物が裏を見て言うには、同和や何やかやが入っていて、とても動けるものではないと聞く。中曽根の名前も。建設のための談合体制。ミエミエでなく、バーター方式、裏側で綿密にやっていたらしい。
大沢:38億円の補助金が出るとの説明があり、地元の一部集落を懐柔しようとした。そんな背目方、構造がある。それは日の出だけではなく、日本全国の問題でもあっただろう。
補助金がなかったら日の出が引き受けたかどうか疑問である。
梶山:そのとおりかも。原発でも同じだろう、個人への利益誘導も含めて。反対運動の沈静化を狙う。昭島の水道は当時は100%を地下水に頼っていた。この水系は日の出と繋がっている。ならば昭島の人々はもっと危機感を持ってもよい筈。給水系統。多摩川水系、荒川水系。谷戸沢処分場から羽村や小作の取水所の危機。ダイオキシン汚染が発見されている。大気による汚染も判っている。広大な面積の処分場は、ゴミ埋め立て以前に大きな環境破壊を起こしている。第二処分場、下流の近い水の枯渇。

(スライド) 
危険性評価の原則
A 最も敏感なのは自然・生態
B 化学分析と基準値の限界
C 大切なのは予防原則と将来予測

エコセメント化施設についての評価。処分場とは性質が異なる。
大沢:注視してきた。最初の10年とその後の10年で搬入される物質も変化してきている。最初の10年は、焼却灰が多かったが不燃物も多かった。次の10年はほぼ焼却灰のみ。ゆえに二ツ塚処分場の埋め立て率は四十数パーセントでこの数年、ほとんど増えていない。埋め立ての不燃物が、各自治体の清掃工場で燃やされるゴミとなっている。焼却残渣は増えて、それがエコセメント化している。しかし各自治体は出した焼却残渣の1%しかエコセメント(製品)として引き受けていない。99%は何処に行っているのか判らない。不思議で不安だ。残りのエコセメントは何処に行っているか?どんな有害物が入っているか判らないものが、何処かで何かに(道路の基盤材などに)利用されている。エコセメント化というのが当初の想定を超えて変化(悪い使われ方=行政側からは、良い使われ方)している。どんな悪影響を及ぼすか、結局は良い政策ではなかっただろう。
濱田:複合汚染。ゴミを燃焼すると有害物質の製造工場である。それが判るまでは良いアイデアだと思った。燃やす過程(猛毒を産み出すとは)を全く知らなかったから。完全焼却、炭化して完全燃焼の技術とかの話もあった。
梶山:エコセメントについては様々な検討が必要である。ひとつはエコセメントが製品として意味があるものかどうか。どの程度社会的意義があるものか。日本では排ガス規制をしていない。測定もしていない、重金属も垂れ流し放題である。環境庁の見解は、事業者に過大な負担を掛けないために年一回の測定とか、何も課していない。化学物質管理は、今の行政では絶望に近い。有害性の高いものはほとんど規制対象から外している。炭化焼成については、ゴミ焼却については実に多様な提案あるが、みな似たり寄ったり。エコセメント事態についてのご意見を伺いたい。
中西:エコセメントがどうかというより、工場が稼動した結果、住民や学校の保健統計に
アレルギー疾患とか、生活習慣病が顕著になっている。環境基準値というよりか、エピジェノティクス理論でも毒性があるということが、医学的にも危険性が指摘されている。
畔上:セメントの生成過程、製造技術としても問題ある。日本のセメント会社は焼却灰を原料にすることには積極的であった。技術では温度や原料を制御できないものである。収集形態から明確にしないと
梶山:エコセメントと似て非なるポルトランドセメント(通常のセメント)があるが、その焼成過程には疑問がある。エネルギーとして廃タイヤ、プラスチックとか廃棄物を燃やす。焼却灰をその原料として使用する。その違いはあろう。
畔上:プラスチックの燃焼は技術的にも難しい。エレクトロニクスの廃棄物も一緒にしてはいけない。焼却炉に何を入れるか、市町村は域内処理して管理できるか。水源地近く、上流に置くこともできない。
折田:エコセメントとは聞こえがよいが、実はエゴセメントである。有害物質を広く拡散させる手段である。まず煙突から、一日300トンの水を使って水蒸気と大気中、多摩川水域に流す。税金を使って、太平洋セメントは二万数千円で販売している。(税金の無駄遣い、企業に還流している)本来は作ってはいけない。市民の搾取であって、作るべきものではなかった。
梶山:税金搾取の問題はそのとおり。エコセメントの流通については調べても判らないといわれているが、知っている人はいないか。
大沢:調べているがよく判らない。紙袋詰めのものはもう無くなったようだ。製品として、道路の側溝、コンクリート材など。立川市では、将来ダイオキシン混入などで問題化したときに、掘り出せるようにその記録を残すようにしている。
梶山:市町村にはそのようなデータはありますか。
大沢:私は立川市にそのように依頼して、立川市はそれを確認している。しかし他の自治体の事情は判らない。
梶山:町田市から相談あった。先ず塩素が多い問題ある。
下向:エコセメントの生産量は、普通のセメントの0.3%程度。ほんの僅かな量なので、自分が思うには普通のセメントに混ぜ込んで出荷しているのではないかと推察している。
世の中に『エコ太郎』とかの名前で出荷する予定を聞いてたが、見たことはない。危険性
についてはデータが得られないのでよく判らない。憶測するしかない。
梶山:かような(危険な)売る製品ならばこそ、混入割合などを明記すべきだろうが、
下向:個人的には見たことない。情報あればありがたい。
梶山:真実はヤミの中ということか。排ガスの中身の情報も問題。バグフィルター二回も通してどうしてこんなに悪いのか。高裁を通じての議論。大量に出ている筈だ。環境省の測定方法はNGとなるような測定方法を規定している。この問題は追及せねばならない。
有害物が出ているのを少なくなるように事実上、隠蔽している。それでもこれだけ悪い数値が出ているということは、どれだけ酷い環境汚染を起こしているのだろうか。
中西さんは周辺の健康問題を裁判所に提出したが、その判断は実に酷い。結局、事業組合の肩を持っていることが明らか。
会場:(多摩市の方から)二ツ塚にもお世話になっている。焼却灰を処分場に運ぶにはエコセメントを混ぜて飛ばないよう(湿灰にして)いると職員から聞いたが真偽の程は?エコセメントの不経済性は指摘されてるが、では、それに代わるもの、方法があるのだろうか?
梶山:二つの問題提起があった。ひとつは焼却灰を混ぜるとか?(聞いたことない)もうひとつは、かなり根本的な質問。エコセメントの代替あるとすれば?
大沢:有効利用できるものは有効利用する。処理できないものはゴミにしない。家や新車を売るためにスクラップする。企業の仕組み。政治の問題であろう。
岩崎:エコセメントの住民訴訟を担当していた。当時、ゴミが努力して減ってきている状況で、エコセメントの事業を入れる必要があったかどうか?処分場延命のためならば、矛盾する。代替案も出したし。裁判資料のために各地の議事録を調べたが、立川市も含めて議会でキチンとした議論がなされたかどうかは疑問である。
会場:(青梅市、濱田)施設の近くに住んでいるが、ケヤキがチビタマムシの被害がある。たまあじさいの調査では5キロ周辺に被害が及んでいる。梅のプラムボックウィルス蔓延も植物の免疫が弱った性ではないか。これは植物だけでなく、人間のガンも増えている気がする。エコセメント施設が原因ではないか?
中西:植物が被害を受けるのは免疫機能が弱ってきているからである。代謝のためには燐酸が必要。排ガスによりpHが高まり、土壌の金属が燐酸と化合し、植物の燐酸吸収が阻害される。環境が健全であれば、免疫機能が働き、害虫への防御も出来ていただろう。ガンなどの原因も活性酸素とか言われていたが、DNAの周辺、恒常性維持への影響も解明されてきている。放射性物質(内部被爆)や化学物質がエピジェノティクス(遺伝子の働きを調節するメカニズム。環境や栄養によっても変化し、一生どころか三世代にわたって続くと言われている)・DNAを乱している。少量でも病気が発現し、そして遺伝する。
会場(樋渡):世の中の経済の仕組みも変化してきている。大量生産から、自動車などのシェアリングの考え方が出てきた。大量生産・大量販売の考えも変わるかも(ゴミの減量化としても)そのような時代が来ている!?期待できる。
会場:(狛江市から)前向きな議論は歓迎できる。放射能の問題。震災の後、女川の瓦礫を東京都が受け入れる。欧州は廃炉への考え方。クリアランス・レベル、燃やして薄めて、希釈して排出する方法。そのレールにある。そこをどうするか?原子炉、原発の問題を避けては、通れない。行政は着々と準備していたのではないか。
梶山:燃やして減量する方法は、評価されて来た事実がある。
畔上:混合して廃棄する。その反対は選別して、濃縮して保管するだが。混合(希釈)して廃棄する方法の典型は、水俣病であった。遺伝子は薄いレベルでも傷つく。理論的にはハッキリしている。石原元知事が薄めれば良いと。横須賀は非国民と言われても反対した。核の問題は循環が出来ない。廃棄が難しい。拡散しても汚染物質は汚染物質。製造物を遡ることが出来ないものが出てきた。
梶山:エコセメントはまさに有害物質を拡散するシステムである。二つ原因がある。
1350度との高温での焼成。塩素イオンを含んでいる。重金属も含んでいる。塩化すると重金属の沸点が下がる。ゆえに重金属を排ガスとして出してしまう。日本の排ガス規制には重金属の規制は存在しない。誰も計測していない。だから有害物質を広範囲に撒き散らしている。放射性廃棄物については、つまり3.11以降、高裁での審理にて裁判長から原告が提出した証拠から、福島と比べると低いものの、エコセメント工場から排出されている事実が認められた。依田彦一郎氏(当日の参加者)から聞いたことだが、エコセメント工場導入は、太平洋セメントは賛成したが、もう一社のセメント工場は反対を表明していた。その意思決定プロセスについては(どうされたのか)よく判らない。ひとつは協定の問題。日の出には第三の処分場は作らないとの協定があったが、エコセメントは第三の処分場ではないのか、との疑問もある。東京都の関与はなかったのか?
折田:あの場所は東京都の環境保全で本来、残すべき緑地と規定されていたはず。許可は都の環境局が駄目としたら実現していないはず。
永戸:処分組合の人間(都からの出向者)がもうゴミ問題は解決しますよ、豪語していた。その頃から都では画策されていたのでは
会場:(狛江市の方)ガス化溶融炉を検討していた。灰を電気で溶かしてスラッグとする。エコセメント施設が出来たことで、スラッグ化する必要がなくなった。関連性あるかも。
梶山:確かに、エコセメント化するなら、ガス化溶融炉は全く無駄なプロセスとなる。二重構造はどうなるかと個人的にも関心を持っていた。しかし結局、一本化したようである。
折田:多摩川衛生組合の関係は、ガス化溶融炉でスラッグを作って路盤材を売るという計画だったが、蛍光管などから大量の水銀が検出され、また事故が多発しメンテナンス費用が嵩み、頓挫した。結局、エコセメント工場へ持ち込むのが安上がりになった。
梶山:スラッグ試験もインチキ。路盤材から有害物質が滲出することもよくあること。
濱田:エコセメント工場の立証試験が豊橋かで行われた。国家プロジェクトではなかったのか?日の出町に決めたのはもっと上のところ?
梶山:第二処分場の際は、欺瞞的であったが一応、手続き・プロセスは踏んだ。エコセメントはそのような手続きなかったのでは?これだけ周辺に住宅もあるのに、住民が全く関与していないとはどのようなことか?明日のテーマでもある。
今日のところは日の出にどのような問題があるのか、浮かび上がってきた。
今日のテーマいついて登壇者からは?
濱田:全ての処分場を閉鎖することを目的にすべき。でないと運動にならない。そのためには三多摩住民400万人に知ってもらう。現在、どれだけの人々がこの問題を知っているだろうか。経済プロセスについて。日の出処分場について取り上げている冊子は今や、「けさらん・ぱさらん」と小平・環境の会の「こみっと」の二誌しかない。伝わること。訴えること、その手段の研究が大切。
大沢:一部事務組合がいい加減な運営をしている。自治体所属の合議体なのに、市民は知らないことが多い。貴金属が取れていることも知らない。勝手に進んでいる。改めさせるべきなのに。
岩崎:差止め裁判には遅れて参加したので、今日は皆さんの歴史を学べた。裁判は終わったが問題は何一つ解決していない。これからもお手伝い、コミットしていければ嬉しい
畔上:横須賀、小泉氏には市民の声が届いて、循環法が出来たのだから、原発の垂れ流しは止めようとなった。アセスメントする時代になってきた。
折田:地元に住んでいるものとしてこれから公害はより酷くなると思う。第三者のチェックが入るべき。情報公開条例の対象とすべき。
中西:畔上さんの代替案の骨子は、その『手続き』の方法である。一部事務組合は市町村がやるべき仕事なのに、国や都が出て来てやっている。薄めれば毒がなくなるとは嘘。放射能の体内被曝と同じように濃度の薄い場合こそが、影響力が強い場合がある。エピジェノティクスの考え方から、かような有害物質は遺伝してゆく。怖いことである。
梶山:有害物質のデータは深刻である。史上最悪の公害事件に発展する可能性もある。裁判闘争も終わりではなく、これからである。
 
第二日目

関口鉄夫(イノシシさん)8月31日逝去。ご冥福をお祈りして
どれだけ水を思い、命を大切にされたか。日本でたった一人の方だった。住民が出来る環境調査については 日の出を参考にすると良いよ、との言葉を残して。  黙祷。

3. 現状のごみ処理方法、施策などについて考える
司会・コメンテーター  梶山正三
パネリスト: 大沢 豊(立川市議)、畔上統雄(コンサルタント)、田島征三(住民)、

梶山:皆さん意見が違うだろうから、刺激的にやりたい。
午前は現状のゴミ処理方法をどう見るか。午後はどのようなゴミ処理方法が考えられるか。梶山の考えたテーマは、発生抑制と排出抑制(市民運動と住民運動はどのように対応して行くべきか)、有害物質管理(日本では全くやっていない同様)、製造者責任、流通者責任、行政が諸悪の根源、どう実現するかのアプローチ。ゴミ処理施設は、環境破壊のツールか、そうではないか。法制度(事業法、環境を保全するような法令の名前が付いているが、環境基本法、廃棄物処理法、水質汚濁防止法、大気汚染防止法、実は合法的に環境を壊していく法律といえる)をどう考えていくか。日本の現状のごみ処理法について?
大沢:当初は武蔵野市の山本ひとみ議員が参加の予定だったが、資源循環組合、一部事務組合の担当議員ということで、立場上出るなと言われたようで、代わって話をする。
どの自治体も、燃やして埋めるというのが基本である。ところによってはスラグ化しているところがあるが、焼却灰はエコセメント施設に持ち込んでいる。不燃物については小さく砕いて、二ツ塚へ持ち込む筈だが、量は減少している。(本日配布の追加資料参照)
不燃残渣も焼却され、残渣として持ち込まれているとしか思えない。(不燃物について新しい処理ルートが出来ているようだ)焼却炉の建替え問題が出ている。その時どうするか。
梶山:三多摩でも日本でも、『燃やして埋める』という特徴的な方法なのだが、
田島:推測であるが、不燃ゴミも裁断して、燃やしているらしい。それは日本だけの方法ではないか。東南アジアでは、埋め立て、自然発火、そこで生活する人々。世界の焼却場の7割が日本にあるらしい。ダイオキシン、複合化学物質が健康被害を及ぼしていることは間違いないだろう。異常分娩も増えていた。公害が発生すると最初の5年で、幼児や抵抗力のない人が病気になり易く、10年経過すると健常者にも影響が現れる。玉之内地区でもでも50歳代~70歳代ガン死が頻発することになった。家名に関わる理由からか隠したがるが、個別の調査をした。はっきり言って公害施設である。泡の出る井戸水もマスコミは隠したがる。でも何のため?処分組合や行政やマスコミも隠したがる、公表したがらぬ悪あがき、それを暗黙する住民の体質がたくさんの悲劇を生んでしまった。
梶山:アメリカでは1978年ラブキャナル事件にてEP(環境保護庁)が住民の染色体異常を調査したりして、当時のカーター大統領とNY市長が非常事態宣言をするなど、環境法制度が変わる大きな契機となった。日本では玉之内もそんな契機となり得るものだろう。海外はどうだろう?
畔上:1970年に提唱したのは化学物質の背番号化とそのライフサイクルを社会的に制御するプログラムのベースである。何故ならいわゆる「反公害運動」というものに疑問を持ったからである。環境汚染のひどい四日市コンビナート石原産業(公害企業として有名)が自分の考えを評価してくれたこともあった。当時は自分も先進技術が万能と思っていた。リン鉱石を肥料ではなく、飼料への転換するアドヴァイスしたりしていたこともある。最終処分場は必要かの問題。具体的な方策を自分たちで見つける。しかし特効薬といわれた新薬が甚大な薬害被害を起こす(奥様もサリドマイド薬害で深刻)。科学技術万能主義への疑問が湧く。化学物質の危険性、公害が生じたらそれを解決するだけの問題意識で宜しいのかとの疑問。公害は国が責任を持って解決するとの、当時の石原産業の考え方でよいのだろうかとの疑問。確かに動脈の産業技術は素晴らしかった。しかし公害の出現があるとの限界あり。そこで静脈産業の構想を作る。産廃処理センター、情報開示、汚染源を製造者に責任を持たせるソリューション、企業負担の(による解決法の)原則の導入。単なるゴミ処理場ではない。代替案の考え方を持ち出す。水俣の患者は可哀想だと思うのではなくて、実は我々が罪を背負っているのだ。そうゆうフィード・バック(の考えた方)が必要なのだ。企業の社会的責任。ドイツのバイエルン社のゴミ処理場を見学したがナチスを生んだ土壌からか結局は国・行政の責任としている。製造者が創るが勝手の市場の原理ではなく、物質は社会的に循環することの認識が重要。国に(無責任に任せるのでなくて)自分の問題、責任として捉えなおす。そうでなければ人間性の疎外が生じる。家事労働、農業労働を見直す。家事労働は(GDPには算入されないものの)子育て、個性を育てるたいへん重要な仕事。(北欧はやはり先進国である!)本当のノーベル賞に値するのは、生活科学(第二世代を作る)ではなかろうか。生活者が自分たちの文化を世界を取り戻す。生活を取り戻す。モノを使う側が(化学)物質が、何が どうなのかを知ることばかりだけではなく、考えること。何故、今、(環境省が唱える循環ではなく)何が本当の循環なのかを考える問題意識。それが新しい文化を創る。循環法とは?日本ケミカル・コントロールの設立。アセスメントの新しい文化。Alternative 代替案の提案をした。原子を扱うことも難しい。原子力の循環は、これは畢竟、平和の問題でもある。戦争の危険をも孕むことである。
梶山:畔上さんの話は簡単に言うと判りにくい話だが。かねて NEGATIVE FLOW SHEET (製造の反対)を提唱。排出されるものの有害性を検証していくとの考え方。つまりは日本の方式である、何でもかんでも一緒に燃やしてしまう方法の、その以前の問題である。
スーパーファンド(前述のラブキャナル事件を契機に出来た法律)情報隠匿についての
200項目の有害物質についての制裁制度もある。
会場:(中西)少し以前のことだが、焼却灰が集中する玉之内について。同様の集落と比較すると5倍以上のガン死亡率であった。呼吸器系が多い。平井川流域でも発現。地域気象でも説明できる。活性酸素と健康被害について考えてきたが、最新の医学の進歩によってアレルギーもガンも、DNAをとりまくヒストンという酵素に関わる、遺伝・免疫に関するエピジェネティクスの作用機序が解明されてきた
(中略)
化学物質・放射性物質が例え濃度が低くてもそれらに影響し、決して一過性のものではなく、一世代のDNAを損傷するだけでなく、その形質が遺伝してしまうことさえもあり得ることが解明されてきている。

梶山:現代のゴミ処理についてどう考えるか?
(スライドの説明)

        技術的欠陥物としての
        最終処分場・焼却施設
            ↓
突然の計画出現 →  住民の不信 ←  住民意思の無視 
行政の情報隠匿    反対運動   
            ↑
広域処理による
          ゴミの集中

弁護士連で北欧を視察。焼却技術・埋め立て処分場も日本の方が高度かもしれないが、彼らは有害なものはゴミにしない。製造段階で押さえている。『クリーンな廃棄物』が環境保護の標語である。
情報隠匿については、廃棄物処理法の改正により焼却施設と最終処分場についての搬入ゴミは処理量など、月別に開示することになったが、事業者側も巧妙・狡猾になってきた。
会場:(塩尻の場合)管理型・安定型処分場の二つの問題。1983年から稼動、埋め立てゴミのほとんどがアスベストを混入している。搬入もとの業者を調査したいので、その管理記録の閲覧を求めているが、恐ろしく不便を強いられている。処分場の全体像を把握していきたい。
梶山・会場とのやり取り
― 現場では資料の写真撮影をおかしいことだが、拒否しているところもある。
― 環境省の指導ではHPで公表するとなっているので、写真やコピーを拒否するのはお  
  かしい。しかし強制力はない制度。HPで公開されているのもほとんど役に立たない
― (藤原)日本では施設周辺での健康調査は行われていない。欧米では施設周辺   
  の状況を報告したものがある。先天異常、心臓欠損、ガン、出生異常、白血病が調査   
  されている。龍ヶ崎市での自主調査あるも、環境省や厚労省は正式調査していない。
  韓国原発の周辺の甲状腺ガンについては、裁判で(コリ)原発側の損害賠償命令が出ているのに。
梶山:新利根の調査よりは日の出の疫学調査のデータが高い。龍ヶ崎では住民が一部勝訴している。所沢市のくぬぎ山では、住民の調査を『気のせい報告書』として認めないことに対して損害賠償請求の裁判を起こしたこともある。しかし裁判所は認めない。何らかの結果が出てきても、有識者を潰して、御用学者をたて、結論を無理に作ってしまう。疫学調査もきちんとしていなければ、公の場ではなかなか認められない、適わない。
畔上:循環社会の問題、テーマは公害問題である。どうゆう処理をするかの議論。データ、季節変動を踏まえて、測定器による燃焼性のアセスメント相関、温度分布もろもろ、排気ガス、化学物質・汚染物質の関係。データを基に住民が考える。焼却・煙突レベルではもはや解決は難しいと判断してした、フランスの技術による焼却炉排気ガスの電子レベルの分析。燃焼制御のテクニカル・アセスメントは可能であるか。町田や上田市で試みらた、排気ガスの管理・処理分析。現場での排気ガスなどの流動層の分析。それを燃焼炉の当事者・技術者・作業員のSocial Operator と排ガスを着地点で水でキャッチし測定し、燃焼の制御性を研究。化学物質の分解。アメリカの企業が協力してくれたが、データが一企業のものだから非公開、ゆえに採用されない。ゆえに政党・政治の問題である指名入札となる。競争がないゆえに燃焼制御の技術進化が遠のく。専門性が本来必要である、衛生工学には科学は入れないことになる。(話は飛ぶが)水俣病など制御不能の化学物質は次世代への『負の遺産』を残すことになる。ローマ・クラブ『(経済)成長の限界』、の提言を尊重しなければいけないが、小さな動きでも全体が変わることはあり得る。
田島:関口さん、日の出、長野、全国で闘ってくれた。原因はダイオキシンと放射能に起因する難病で倒れた。医学的にも間違いないらしい。日の出の問題は、優秀な熱心な方々が頑張って来てくれたが、でも結局、三多摩の世論を巻き起こすことが出来なかった。相変わらず、人類の間違った、大量生産、大量消費の考え方、傾向を変えることが出来なかった。難しいことを理解しようとする人はそういるものではない。どうすればゴミ問題をたくさんの人に判り易く伝わる話ができるか。みんなの生き方として、自然に、地球上で人間として生きていくことはどのようなことか。子供たちに何を伝え、残して行くのか。人間の未来にメッセージを伝えていかないと、この環境汚染というたいへんな問題を解決していくことは出来ないのではないだろうか。
畔上:アーティストの田島さんは、文化の問題をおっしゃった。最初の話、女性の家事労働が失われていること(凄い大きな損失)について先進国、特にイギリスは産業革命に市民運動で抵抗してきた。そのひとつがナショナルトラスト運動、市民菜園、農業の営み。つまり自然との対話を失うことで人間性をも失っている。農業と同時に家事労働も阻害されてきている。産業の生産物を流通させることの経済だけではなくて、地域の緑化、農業、土を作る。自然の内部の生産性を高める。土の生産性を高める。幼少の頃、老人から学んで感じたこと、民主主義。生命力、自立する力、ポテンシャルが大事かというコミュニケーションの力を昔は営んでいた。歴史をつたえること。社会を作る。第二次産業革命が終わってそれを、日本から見直す。人間性を回復する営み。心、感性、対話、歴史経過、循環社会、日本の形を作っていくことがどれほど大切か。化学物質を管理する。背番号制度。循環社会起業論。市民の投資。そうゆうことで焼却炉をなくそう。市民外交。日本人による人間性の回復。このような会合、シンポジュウムを持つことが大切です。

4. 総合討論 
   ゴミ問題解決に向けての展望、施策など、資源循環社会の実現、地域循環論
司会・コメンテーター  梶山正三
パネリスト:森山木の実、中西四七生、藤原寿和、加藤了教
加藤:小金井市の『ごみゼロ化推進会議』副会長。(参考資料)
多摩地域30市町村のごみ量、この10年で20万トンほど減少。小金井市は人口は微増ながら、ゴミ量は減少。一人当たりゴミ排出量の少なさでは第一位、リサイクル率も同様。事業系も家庭系ゴミも少ない。その背景として、小金井市は焼却炉を停止して、広域支援をお願いしている。(事業系は受け入れない)手数料を20円から、38円にし、さらに
55円と相当値上げした。(他市に比較すると2~3倍高い)可燃ゴミに対しては、剪定枝、生ゴミの堆肥化、難再生紙の回収。家庭生ごみ機購入への補助金(80%)、その他の優遇策。小中学校の生ゴミ処理機の市民利用などで生ゴミは減量している。好気性微生物による減量化の検討。各、市民団体による活動
会場:(瀬戸)小金井市では燃やして埋める際の処理費用はトン当たり、如何ほどか?事業系ゴミは?(他市では10,000円程度のところもあるから小金井市は健闘しているが)
加藤:トン当たり126,000円。事業系は55,000円ほどを徴収。その差額は市の負担。議会でも問題視したが、それ以上は現状では無理。しかしゴミ減量の効果は出た。
梶山:事業系のごみは名古屋方式にオミットする。(原則として)法律上は可能だと思う。循環系の問題と、発生抑制、地方自治、団体自治、住民自治を考えるために、

(スライド)
- 国のゴミ政策の特徴 -
中央集権的
  地方に勝手なことはさせない
発生抑制の回避原則
  発生抑制なんかやると日本経済は失速する
脱埋立・焼却強化
  何としても埋立ての延命
末端処理技術の強化
  ゴミ処理術を磨けば全て解決する
リサイクル信者の育成
  リサイクルはいいことだと国民に信じさせろ

発生抑制と排出抑制とは意味が違う(日本には『発生抑制』はない)
家電製品の長寿命化は技術的には簡単だが、壊れなければいけない
(例外:LEDは高価格、超寿命だが)

(スライド)
ゴミ・マフィアの世界
ゴミがたくさん出ないと困る人たち
  廃棄物処理業者、プラントメーカーなど
ゴミ処理施設建設で儲ける人たち 
  プラントメーカー、ゼネコンなど
製造物が早くゴミになることを願っている人々
  製造時業者、流通業者など
建物が早く壊されないと困る人たち
  ゼネコン、土木業者など
彼らの利権に巣食う人たち
  官僚、政治家、学者など
彼らの便宜を図ってやれる人たち
  官僚、御用学者、コンサルタントなど

彼らが日本のゴミ政策を牛耳っている間は、循環・製造者責任など取れない。
根本的なところをどうやって変えて行くかを考えないと先に進まない
相変わらずの「大量消費・大量廃棄政策」、少子高齢化社会で、変わる?変わらない?
電通の営業10訓、昔は過激かと思っていたが、今やちっとも過激ではない

① もっと消費させろ
② 捨てさせろ
③ 無駄遣いをさせろ
④ 四季を忘れさせろ
⑤ 贈り物をさせろ
⑥ コンビネーションで使わせろ
⑦ きっかけを投じろ
⑧ 流行遅れにさせろ
⑨ 気安く買わせろ
⑩ 混乱を作り出せ
カジノ法案然り。与野党・官民こぞって内需拡大!とばかり言っている
住民サイドから見た、これからのゴミ行政をどうするか?
藤原:廃棄物処分問題全国ネットワークにて、処分場あるいはゴミの焼却・埋立に20年間反対してきた。ゴミの処分は下流側、静脈経済と言われている。現在は下流に位置する施設の大規模化を狙ってきている。上流側の生産規制とか、取り組みが必要なのに、下流の装置を稼動するために反対にあおっている状況にある。ゴミの処分の在り方について清水建設、大林組、環境対策室と議論しているが、ゼネコンも悪いだろうが、最も悪いのは官僚だと。欺瞞、無責任体制
(スライド)
大阪府(廃棄物は焼却処理適正処理)vs大阪市(廃棄物にしてはダメ排出物として利用)ゴミ戦争、廃棄物処理法案、1970年の公害国会を巡っての水面下で当時の厚生省(大阪府)vs通産省(大阪市)。ドイツでは1994年に『循環経済・廃棄物法』(発生抑制-利用(リサイクル)-処理)が成立。
(スライド)
ごみの「量」から「質」へ  ゴミ増えて(プラスチック量の増大)処理が追いつかない
ごみの「適正処理」から再利用へ
結果的には、依然、大量生産=大量消費=大量リサイクルから構造的には変わっていない

(スライド)
1995年『容器包装リサイクル法』(ザル法である)の成立
2000年『循環国会』で各種リサイクル法が制定
2000年『循環型社会形成推進基本法』3R
2000年『建設リサイクル法』
2000年『食品リサイクル法』
2001年『家電リサイクル法』
2002年『自動車リサイクル法』
2012年『小型家電リサイクル法』
残念ながら全く機能していない
3Rだけでなく、多様なRの実現を!
Remix, Refuse, Repair, Refine, Rethink, Rental, Return, Returnable, Reform,
Rebuy, Regeneration, Reasonable management (Right distribution), Recreate,
「NMBY(ニンビー) とは何か」Not in My Back Yard (我が家の裏には御免)
ごみ問題の解決策は?ごみをゼロに出来ないか?

~ゼロ・ウェイスト(ゴミ・ゼロ)運動~
電気を使いながら原発に反対するのはエゴではないか?
政策・意思決定に住民が参画してなく、一方的に押し付けられたものに反対して何がわるいのか?どころか、住民エゴはどんどん出すべきだ。
海外で始まったゼロ・ウェイスト(ごみゼロ)運動、日本ではなかなか広がらなかったが
(徳島県)上勝町、(福岡)大木町、他に水俣市、町田市、葉山町など広がりつつある

ゼロウェイスト戦略とは、3Rと4Lの実現
3R = Reduce, Reuse, Recycle
4L = Local, 地域振興
   Low Technology, 伝統技術の活用・等身大技術
   Low Cost, 低コスト
Low Impact, 低環境負荷
ポール・コネット氏(ゼロウェイスト伝道師)提唱、ゼロ・ウェイストへの10のステップ
① 分別排出
② 個別収集
③ 堆肥化
④ リサイクル(紙や容器包装などの)
⑤ リユース・リペア
⑥ 発生抑制の取組
⑦ 経済的インセンティブ
⑧ 剰余物高度選別・研究施設
⑨ 製品設計の改良
⑩ 暫定埋立処分場
プラス+α政策の提案(藤原)
* 所有から共有へ:使い回し、生産者責任、逆工場(下流から上流へ)
          例 Car Sharing
* 埋立から保管管理へ:クローズド方処分場(保管庫)
* 焼却から非焼却へ:堆肥化、分離・分解回収 有用資源の取り出し 
家庭系でも生ゴミ以外の製品は、生産者へ戻して、繰り返し資源として再利用すべき
かように法律を抜本的に改正していかないと、日本には循環型社会はいつまで経っても来ないし、矛盾はさらに深化するだけだ。結論としては、家庭系ゴミを何故、税金で処理しなければならないのか、を考えている

梶山:遮水溝(?)50年・100年の耐久ではなく15年ほど
日本のリサイクルは何故進まないか?それはリサイクル費用を全て消費者負担にしているからという簡単な理由。(EU理事会の決定と真逆)ドイツのシステム:不法投棄が増えている問題ある
森山:(長野県信濃町)産廃処分場の問題三回出たが、住民が阻止。産廃対策・住民の会。関口先生のアドヴァイス『知識は専門家に任せて、住民は生活を守るために泥臭く運動を!』と。信濃町は地下水、水・空気、美しい農業盛んなところ。具体的で簡単にアピール。水・空気が汚れる、農業には風評被害が出ると町中に働きかける。小さい田舎町ゆえに住民は自らは声を挙げにくい。一番の問題は、環境が駄目になってしまう。野尻湖の住民が高見沢セメントを誘致したので(地域の)人間関係が分断する
たくさんの人々が反対している方々のことをマスコミ、行政に見せる。合言葉『健康で文化的な生活を営む権利がある』、地方自治法1条の2『地方公共団体は住民の福祉の増進を図ることを基本とし、』運動により、地元の人々の知識を活かすことが出来た。町を挙げて反対運動が出来た。頼りにならなかったのは議会だった。選挙に出ることは、町中に問題点・争点(産廃処分場)を伝えることが出来た。高見沢セメントは撤退を表明し予定地は町に寄付するとまでなった。しかしゴミは田舎に持っていくものらしい。油断は出来ない。
中西:(住民自治の観点から)畔上さんの代替案。日の出町処分場住民プロジェクトを立ち上げる。必要悪なのか、要らないものなのか?廃棄物の問題を考える。最終的には10年ほど前に今のマスコミには期待できないから、インターネットを通して働きかけよう(その翌日、畔上さんは事故に遭う)北欧ではLCA(Life Cycle Assessment) 製品を作り出す原料工程、製造工程、流通工程、消費工程、廃棄する工程まで、それぞれ如何ほど環境負荷が掛かるか、その評価をする。住民=消費者がきちん評価する体制つくり。生活科学研究所を作って、住民がどんな製品を選び、購入するかの指針。『暮らしの手帳』の消費版のような。たまあじさいも支援を受けているパタゴニア(アウト・ドア用品製造・販売業)の思想・精神(下向氏のダウンジャケットのリサイクル例)戦略を持って(WORK OUT 手段)闘わないと、で住民運動を支援。社会の製品の流れを変える運動をしよう。住民自治の考え。地方自治というのは自治体が行うが、住民が自分で自分たちのことを決めていく。
この考えをゴミ問題にも取り込んでいかないと、解決できないだろう。しかし現実は焼却炉施設建設など、国と都と自治体の三分の一負担の原則で行われ、自治体が拒否すると他の分野の補助金まで削られるような仕組みがある。自分たちのことは自分で解決していくような、決定段階から加わっていかないと問題は解決しない。焼却炉についてもプランド研究所は調査している 十年ほど前のことではあるが、焼却炉の建設費用はトン当たり東京では、5千万円、国際入札ならば四分の一から五分の一の費用で行われている。国内でも談合については住民訴訟では連勝、全勝している。自分らが関係している足元の分野、ゴミ処理などをキチンと押さえることが自治の始め、原則ではないか。廃棄物を燃やして埋立てることは論外のことであるが、日常の生活でどうすればゴミが減量化、あるいはメーカーを選ぶことで変えていく運動をしていくか。(畔上さんも奇跡的に)復帰されたことだし、またあらためて始めて行きたい。
梶山:焼却炉の談合について、立証されたものは間違いなく裁判で勝てる。しかし立証することが難しい。日本のメーカーも海外では安く入札している。住民自治については、地方自治法と憲法がある。地方の自治は認められてはいるが、実際は地方交付金などで自治を封じ込めている。地方自治でも、都道府県は中途半端。団体自治を封じられている地方自治体は国から妨害される。基準だけでも、測定項目の横出し、基準値の上乗せは禁止されていないが、国はあとから出しゃばって、地方の決定をコケに出来る。いかにして、地方自治を住民自治にしていくかは日本の社会では難しいところがある。もう少し議論を深めていこう小金井市は、これからどうして行くのだろうか?
加藤:小金井氏が検討を始めているのは、未活用資源検討委員会を設置して生ゴミ、紙おむつ、排食油の三点を先月から検討を始めた。紙おむつの生ゴミの比率は、増えてきて15~30%にもなっている。少子高齢化にともない。資源化する技術があるので検討を始めている
梶山:自治体レベルで製造物責任を問えるかとの論議が昔からあるが、問えるものと思う。町田市が乾電池をメーカーに引き取らせ、その処理もメーカーが負うべきであるとした。
(最終的には町田市が北海道に運んだが)自治体が条例で決めてしまえばよいだろう。条例は法令を越えられるかとの議論もあるが、それは別として。製造者責任をどうやって追及していくか。大量生産・大量消費社会を国是とする中央集権国家なら、法令を変えるということは政治家を全部入れ替えるようなことをしない限り不可能だろう。簡単ではない。
会場:(小平の高梨)難しい問題、発言苦しい。小平は三市と一部事務組合を作っている。
三市共同資源化施設を作る話と焼却炉立替の問題など。陳情があれば小平市議会に提案するが、小平市がその半分を利用しているゆえ。陳情出すもほとんど通らない。市議会がそれぞれの会派の利害もあって、ゴミの提案は通りにくい。一部事務組合、責任の押し付け、なすり合いが行われている。一部事務組合があるということは地方自治にとって問題を恐ろしく複雑に難しくしている。市に対しての要求も、三市の力関係によるところ大きい。意見は聞くけど、方針は変えない。市民の声を取り上げる努力は全くない、といえる。これは市会議員の問題、市長の問題。
会場:若い方の意見を!(無茶振りながら)処分場の広報誌が入ってくる。いいことがいっぱい書いてある。流石にこれはおかしいと思い、検索していたら、今回のシンポジュウムを知ったので昨日・今日と二日間出かけて来た。こういうのはネットで動画も氾濫しているけど、情報が氾濫しすぎていて何が正しいのか判らない。ナマの話を聞きたいと思って来たら、やっぱり以上、内容に圧倒されっぱなしである
会場:日の出のことは、何の反省もないのだけど、仕入れた知識や中西さんの知識を町議や三多摩ネットワークに伝えて行きたい。
梶山:一部事務組合という言葉が出て来たが、これは確かに困った組織である。これは収集とか(これは自治体)燃やすのは組合。計画に齟齬が出てくる。一部事務組合は、自治体を統括する立場にもなり易い。広域処分組合はもっと性質が悪い。住民自治、団体自治を如何に実現するか?
会場:町田(広瀬さん)ゴミ・ゼロ審議委員会が設けられた。138名ばかりで、審議委員が280回、ほぼ毎週の審議をした。生ゴミ、リサイクルの提案をした。町田のゴミはそこそこ減量し、日の出に持ち込む量も相当減ったはず。しかし『ゼロ・ウェリスト』は実現できなかった。審議会では『よそ者』が入って来て、町田の意見がほとんど反映されなかった。行政は、地方自治がゴミを減らすような小手先のことではなく、画期的な目標、例えば焼却炉一基を廃炉してしまうような方策を考えなければ、と思う。リサイクル広場を作った。一定の成果を上げたものの、それ以上は進展しない。ゴミマフィアがいる。『燃やして埋める』方法を改めるには何か突破するものを見つけなければならない
藤原:一部事務組合の問題。情報公開の対象になっていない。そして非常に無責任だ。自治省の行政局に直談判に行った。地方自治法では一部事務組合は『当分の期間』となっているが、既に十年以上を経過しているが、制度的に問題ではないか?確かに問題だから広域連合を考えている。過渡期的なものであったはずだ。公害防止条令。産業廃棄物は都道府県の問題だが、実施に当たっては市町村の条例があった。条例の撤廃の圧力がある。横浜市のリサイクル条例だったが、品目指定できないから、実施できなく暗礁に乗かっていたが、国の法律に依存したが実質的に骨抜きになってしまった。国の法律が地方自治体の条例に優先させている。自治体に条令の、課税権もあるのだが、実質的には地方交付税をちらつかせて、意味のないものにしている。本当は、国と地方自治体に上下関係などある筈なく、平等である。それを本物にするには住民パワーしかないと思う。
梶山:条例の話になった。ゴミ処理施設を条令で止めている例はいくつかある。水源法条例(水源を地方自治体が決める)で宗像市、阿南市など。最高裁は条令は無効とはしていない。憲法94条に地方公共団体は、法律の範囲で条令を制定することが出来る。地方自治法14条1項は、普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて(自治義務と言われる、地方公共団体の本旨に基づいて)第2条第2項の事務に関し、条令を制定することができる(地方の環境保全はこれに当てはまる)。地方自治法14条2項は、普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限する場合は、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。つまり憲法は地方公共団体による地方自治を認めている。

中村敦夫:
今日は来いと言われたから来ただけのことで。何を話すか。環境問題はだいたいどんなジャンルで、どのようなレベルで話すのかで様相が異なってくる。ここ(シンポジュウム)の話はとても精密で、実行に関わるリアルなものだろう。実際に今は運動遠ざかってはいるが、エコロジー、環境思想はどこから来るのか考えてきた。究極のエコロジーは仏教からだと直感?北インドで、釈迦の旅を辿る。大量生産・大量消費は下品だと釈迦は看破していた。原始仏教で小欲知足(少ない欲望、足るを知る)を説いている。そうしないと生命がリサイクルしない。これがエコロジーの極地である。この考えは日本では古来からあったが、西洋の近代、明治以降に渡来して、合理主義・発展主義に雪崩打っていった。それに棹をさす知識人がいたか?宮沢賢治、田中正造、南方熊楠、頑固な人はいたが、異端であった。本流は経済成長、戦争さへも経済成長の大きな手段であった。当然、戦争はやるべきともなってしまう。エコロジーという言葉を使った南方熊楠という天才。ロンドンにて大学者と丁々発止の大論争。真言宗の僧侶でもあった。仏教哲学、西洋の哲学を飲み込んでいた。南方曼荼羅という哲学。しかしほとんど無視されていた。私(中村)は前立腺肥大で手術、麻酔トラブルで呼吸困難。生死を彷徨った。修行しなくても出家できると聞いて、今年6月に剃髪した(と言って、帽子を脱ぐ)法名は忍舟。まだ俗世にいて忙しく殊勝な生活をしている訳ではない。環境問題では、日本ペンクラブの11委員会の環境委員長をしている。なった途端に3・11の原発事故が起きた。ペンクラブには2,000人もいるが、ほとんど誰も原発については知らなかった。衆参議員も同じ。原発安全神話を誰しもが信じていた。何人かの会員をチェルノブイリに連れて行ってきた。そこでは26年分のフクシマの未来が見える。そして組織として反対していくことになった。視察、活動によりエネルギー、ゴミ問題に関心持った。ゴミ問題の究極の形は、核のゴミと同じだと思う。それと同じこと、方向で向かい合うと二重に同じことと気付くだろう。アンケートでは60%が反対と言うが、そのうち90%は情緒的に反対。本当にその危険性を理解しているのは僅か。原発協会は年間2,000億円も投じて、安全キャンペーンを行っている。甲状腺がんが子供たちに多発してきた。これはそもそも子供の病気ではない。132人が手術。ここれからもっと増える。これは放射能とは関係ないと言っている。これはチェルノブイリと同じやり方。現実に子供を傷つけている。核のゴミも一般ゴミと同じだろう。自分の出来ることは、これをドラマにしてこれから展開する。『線量計が鳴る』と言う題名の朗読劇である。技師が専門家として語りかける。2年間で書き上げた。これを来年から開始していく。後継者を探して、全国の原発あるところに出掛けて行くと、宣戦布告の芝居である。ゴミ問題については、人々が理解しやすいようにミステリーとして『ゴミを食う男』を書いた。ここの皆さんにも取材した。日の出が舞台であった。(一番ゴミを食ったのはナカソネだという話)
梶山:有害物質をほとんど野放し、拡散するメカニズム。意図的に野放し。国策としての、原子力特措法から外す。ストリーム(生産の一括)規制とコンポーネント(成分)規制。バーゼル条約は両方の規制を採用。製造段階から規制すべき。有害物質は、ゴミになってからでは遅すぎる。ひとつの解決手段は、製造者責任は引き取り義務、費用負担など。条例でも規制出来るはず。(本来は)国がやるべきなのだが。
市町村、住民でもこんなことが出来ることを伺いたい。杉並=江東区ゴミ戦争(区長、議員が座り込んで反対した)住民運動の成果である。
会場から:塩尻市、塩尻東地区環境対策委員長タケイ(?)さん、管理型の処分場について。県の条例、行政指導で同意書がなければ着工できない、半径1kmの説明、合意を得るとの条例。その業者が問題あって、民事再生法の手続きや県の是正命令を受けたり、債務負担して業務を引き継いだ。水門・水がめ、諏訪湖、水道水源の問題。4万2千戸の署名、県に申し入れ。専門家の協力によって如何に適地ではないと申し入れ。運動により、市長も身を挺して反対するとの理解を得ることが出来た。地方自治、運動により状況を変えることが出来た。
ちくりん舎、青木さん;
核廃棄物は究極のゴミ問題であると同感。環境省、リユースで除染廃棄物を再利用する動きがある。8千bq以下を路盤材と、除染廃棄物はものすごい量となっている。福島の中間保管処理の土地の買収が進まない。除染廃棄物を減らすこと。暫く時間を置けば8千bq以下になるだろう。分別処理して、高濃度を除染。熱処理と称して、1300度で加熱してセシュウムを飛ばして、スラグを減容化。核廃棄物、除染廃棄物の処分を、リユース・リサイクルの動きに警戒感を持たねばならない。環境省は、まったく環境破壊省である。
加藤:市民・住民が業者・製造者対して出来ること。町会としても古紙の業者にステーション方式から業者の個別回収を実施。回収量は倍増した。個別回収に対しては、反対もあったが町会の収入にもなっている。ペットボトル・トレイ、紙パックのスーパーでの回収。業者・住民・行政の共同会議を開催。成果も出ている。今年から小金井市からの日の出への埋立てはゼロになる。何処に持って行くか。埼玉県のオリックスになる。これは目的地のすり替えにしか過ぎないとも言えるが
藤原:オリックスは、ダイオキシンを垂れ流したところでもありますがね(笑)。製造者責任の関係で、環境省が所管している限り、産業界への切り込み、改善は期待できない。経済産業省は以前、廃棄物ガヴァナンスと言っている。しかし機能していない。法律なのか、条例なのか。法律はゆるゆる。国会議員や専門家だけに任せておくというわけには行かない。抜本的な、山本郁夫弁護士による放射能汚染公害防止法や、公害犯罪処罰方など、核開発等の法体系や不十分な環境不例を改正しなければならない。地方自治体のチェルノブイリ条例の自治体側からの制定をして行こう。安定型処分場は問題だとして、7~8年前から是正すべきとの意見があり、環境庁でも非公開の討議を重ねて来ているのだが、未だに廃止出来ていない。経産省や産業界の顔色を伺っているのだろう。1970年頃の経産省の産業構造審議会でリサイクル分化会、主婦連高田ゆりさんなどが中心となって、『資源循環促進法』の制定しようとした。資源回収業者の育成、リターナブル瓶などの法律を制定しようとしたが、公正取引委員会が潰してしまった。。その最大の理由がリサイクル業者を育成するのが自由競争に反する、反独占・トラストとのバカな理由で。経産省の議事録を閲覧しようとしたが存在しない。隠されたのか
中西:ゴミの問題の情報を共有するということが、住民自治の前段階で必要である。環境省の規制値(基準を緩め、規制値以下ならOKとして(汚染の)毒を許す基準である)低いレベルの汚染物質は、大丈夫だと思っているのではないだろうか。そこは大きな落とし穴であろう。危険な物質は遺伝すらする。そのためにはどうするか、次は住民自治の問題となり、それは首長自体を動かすような住民の力を、戦略的にやらねばならない。ひとつひとつの自治体が動くようになれば、国さへも変わっていけるだろう。南相馬、エコセメント工場そのもののようなものが実際に稼動している。放射能を薄く広く撒き散らしたものが、呼吸によって体内に吸い込む。前提として如何に怖い、危険なことか。そしてそれが遺伝さへして行く。難しい言葉かも知れないが、『エピジェノティクス』という言葉は覚えておいて欲しい。
森山:原発問題では、柏崎・刈谷原発から82キロ。風船を飛ばしたら信濃町にも飛んできた。最近、信濃町の、長野県の山の景色がおかしい。山の中腹に鉄塔が建っている。これは柏崎・刈谷から東京に行く電線であると。再稼動したら、東京へ送電される。東京の人は考えて欲しい。この自然、景色が変だなと思う感性は生きるものとして大切にすべきものである。現地を見ることは大事だ。若い人は中西さんに連れて行ってもらって日の出の現場を見て欲しい。感覚というものは大切
梶山:安定型処分場は廃掃法の改正の段階で話しに上がった。(特定産業廃棄物に起因する支障の除去等に関する特別措置)しかし潰したのは建設族議員の二人が露骨に圧力を掛けた。これで二日間のシンポジュウムは終わりになるが、問題にどこまで切り込めたかは分からない。たいへん難しい問題なので、しかしひとつの切っ掛けとして、皆さんが議論してもらいたい。総括の第二弾の企画もあるが、直ぐにではないが、心に留めておいてください。ありがとうございました。

閉会の挨拶:中西四七生
楽しくもあり、苦しくもありの二日間だった。これは最初のシンポジュウム、始まりである。次に近いところで7月2日、3日には『ゴミ問題を解決する闘う住民と弁護士と伴に』、各地の闘いを情報共有して、各地の報告し解決するとする、弁護士連絡会議が開催される。この二日間でAgenda 課題が浮き彫り、明確になった。勉強させてもらった。そして次のステップへ。ご協力ください。
ありがとうございました。

(文中敬称略)

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