カリフォルニア州のベイエリアで起きている社会問題に対して、法律家・専門家・市民団体がどのように連携し解決して行くのか、永戸考さんが実際に関わった記録です。
永戸考 プロフィール
小学校の頃両親と共に日の出処分場建設反対運動に参加。弁護士(多摩Krellect法律事務所)
Ⅰ.はじめに
学生の頃から、バックパッカーとして20か国以上の国を旅してきたが、カルフォルニアのベイエリア程カルチャーショックを受けた地域は今までに無い。映画でよく見た憧れの地サンフランシスコに到着して、まず私が目の当たりにしたのは煌びやかな町の中心地にホームレスが溢れかえっていたことだ。明るい時間帯でもあまり歩きたくないと思うほど、歩道は汚れており、悪臭が漂い、ガラスの破片なども所々に落ちている。街中や地下鉄の中で、ホームレスの方がカップなどを持って「お金をください」と言って回ってくる姿を見て、経済大国アメリカの貧富の差を痛感した。シリコンバレーを中心とするテックカンパニーの集中による富裕層の大量な人口流入により、近年のベイエリアでは「ハウジングクライシス」と呼ばれる家賃の急激な高騰が生じ、それが長年その土地に住んできた低所得者層の立ち退き、それに伴うホームレスの増加という深刻な社会問題を引き起こしていることをこちらに長く住む友人から教えてもらった。この問題に取り組む中で、上記の立ち退きは、ジェントリフィケーション(gentrification)と呼ばれる社会現象が原因となっており、単なる一個人の家賃の未払いの問題ではなく、社会情勢と深く結びついていることを学んだ。
ジェントリフィケーションとは、都市において比較的貧困層が多く住む中下層地域に、再開発や新産業の発展などの理由で比較的豊かな人々が流入し、地域の経済・社会・住民の構成が変化する都市再編現象である。
Ⅱ. EBCLCとは
EBCLCは、地域の貧困問題に危機感を持ったバークレーロースクールの学生によって1988年に立ち上げられたNPO法人の地域法律センターである。バークレー市と隣接するオークランド市に住む低所得者に対し完全無償の法的サービスを提供する、地域に根差した活動に従事している。バークレー市やオークランド市などの地域を管轄するアラメダ地域最大の無料法律支援の提供主体であり、弁護士職員が35名程度、それ以外の職員が35名程度所属している。その他にも常時、ロースクール生、学部生などのインターンが多数所属している。ここで言う職員とは、日本で言ういわゆる法律事務所事務員ではなく、コミュニティーオーガナイザー、ファンドレイジング、IT管理、経理、ソーシャルワーカーなど多様な分野の専門家が集まっている
EBCLCは、依頼者から一切報酬を受け取っておらず、寄付金や基金などで財政を維持している。割合としては、①コミュニティー基金、助成金と②公共サービスに対する対価を含む政府からの収入③民間からの寄付金とバークレーロースクールからの教育に対する報酬などを合わせたものがそれぞれ3分の1ずつである。2018年度の総収入は平年通り8億円程度であり、長年安定的な財政状況を維持し組織が日々拡大、成長し続けている。EBCLCの地域での評価は非常に高く、多くの寄付金が継続的に集まる。

Ⅲ. CEJとは
総論
私が所属していたコミュニティーエコノミックジャスティスクリニック(地域経済クリニック、以下「CEJ」という。) は、訴訟によらない方法により貧困の根本的かつ持続的な解消を目指すことを目的としており、EBCLCの中でも特にユニークなクリニックである。
CEJは、低所得者による事業に対する法的なアドバイスをしたり、地域の貧困問題に取り組む企業やNPOの法的サポートをしたりする。さらに根本的な問題の解決に向けて、貧困を生み出す原因を作り出している法規制や公共事業に対する政策提言など幅広く活動している。CEJは、開発自体に反対するのではなく、地域に長年居住してきた低所得者の立場に立った地域社会の利益と調和のとれた公正な開発を促進する。以下では、メジャーリーグのオークランドアスレチックス(以下「アスレチックス」という)の球場移転に伴う公有地の譲渡に関するプロジェクトなどの具体例に沿って、CEJの業務内容と学生のプロジェクトへの関わり合いについて説明していく。
ムーブメントローヤリング(コミュニティーローヤリング)
ムーブメントローヤリングとは、弁護士がコミュニティーの中でコミュニティーと共に運動を起こしていくという方法である。そこでの弁護士の役割は、流動的で、コミュニティーのニーズに合わせて必要な役割を担っていた。時には法律の専門家として法的議論をリードし、必要とされれば組織全体のコーディーネート役としてリーダーシップをとる。そのため、CEJには、3人の弁護士とは別にプロジェクトマネージャーというポジションが設けられている。そのポジションには、コミュニティーオーガナイザーとしての経験豊富な職員が配置されており、様々なコミュニティーグループを結束させ、市や事業者と交渉を進める役割を担っていた
もっとも、それぞれの地域には長く活動を続けてきた地元のコミュニティーグループがあり、その中には優秀なリーダーがいることが多い。そのためCEJが全面的に前に出て指揮を執るというよりは、その活動を尊重する形でニーズに合わせてサポートすることが多いように感じた。CEJは「WITH」という概念を大切にし、弁護士が上から指示するのではなく、あくまでもコミュニティーメンバーを中心に一緒に流れを大きくしていくためのサポートに徹していた。

Ⅳ. CEJの取り組み(オークランドアスレチックスの球場移転、地域再開発プロジェクト)
プロジェクトの背景
アスレチックスは、現在の本拠地オークランドコロシアムから北西約10キロの波止場ハワード・ターミナルに新球場を移転することを計画している。新設予定地は、オークランド市とオークランド港の所有地である。現コロシアムはフィールド部分のみを残して取り壊され、新たにアスレチックスにより市民のための野球場、公園、集合住宅が、市の許認可の下に建設される予定である。新球場建設と旧球場周辺を合わせた巨大な地域全体の再開発である。
新球場の移転が予定されているウェストオークランドは、サンフランシスコなどへ通勤する高所得者が外部から大量に流入し、家賃が急騰し、これまで長らく住んできた地域の低所得者が家賃を払えなくなり地域から追い出されるジェントリフィケーションに今まさに直面している。この地域は、サンフランシスコなどに住めない低所得の有色人種が追いやられてその土地に住み着いたという歴史的背景があり、新たな富裕層の大量流入により長年構築してきた文化やコミュニティーが再び破壊されるという状況を生み出している。このような土地で、新球場ができれば、さらに周辺地域の開発が進み地価が跳ね上がるため問題が深刻化する。そこで、このような問題に危機感を持った住民が結集し、この問題に様々なアプローチから取り組んでいる。
CEJの関わり方
上記の取り組みの中での最重要課題は、球団側の移転計画の初期段階での早急な球団側とコミュニティーベネフィットアグリーメント(CBA以下、「地域公益協定」)の締結である。地域公益協定とは、地域に大きな影響をもたらす開発を進める場合に地域住民を代表するコミュニティーグループと不動産開発者との間で締結される協定である。開発者側は、地域に配慮した開発を進めることを約束する代わりに、コミュニティーグループは、プロジェクトを支援することを約束する。地域公益協定を締結するには、高度な法律の専門知識や多数存在するコミュニティーグループを団結させることが不可欠である。
これまでその地域に住んできた住民が中心になって地域公益協定に盛り込むべき内容を具体化していく。例えば、アスレチックスによる地域の再開発の条件として、地域の低所得者が継続して居住できるようにアフォーダブルハウスという低所得者向けの市場価格より安い賃貸物件の建設を一定程度義務付けたり、アスレチックスの球場関係事業にその地域に住む人の雇用を一定割合義務付けたりするように交渉を進めている。CEJは、法律の専門家としての役割を担っている。球場の建設についての規制などの条件を定める州法の立法の過程で、州議会でパブリックコメントや意見書を提出するなどの立法機関へ働きかけたり、地域団体の代表として球団側と地域公益協定の締結についての交渉をしたり、コミュニティーを代表して市と球団と協議に参加するなど多角的なアプローチでこの問題に取り組んでいる。
地域公益協定の締結について球団側に法的義務はないが、移転プロジェクトについて許認可権限をオークランド市が有するため、球団側は地域との調和を無視することができずコミュニティーグループとの協議に応じている。球団側にとっては、地域公益協定の要求に応じることは、コストが増大したり、開発手続きが遅れたりするというデメリットがある。球団側としては、地域公益協定を締結したという実績を残すために、より負担の少ない要求をするコミュニティーグループと地域公益協定を締結しようとする。CEJとしては、市や球団側が無視することができないような規模の組織としてコミュニティーグループの連合体を形成、維持することに尽力してきた。
コミュニティー連合を組織して、球団側と地域公益協定の交渉を進めていく。地域連合から球団側に対する要求について、それぞれのコミュニティーグループがその分野の専門家として役割分担してまとめていくその後で全体の会議の中で、優先順位やバランスなどを考えたうえで地域連合の全体の要求として、一つにまとめて行く。それぞれのグループは、各分野の問題に長年取り組んできているため、要求は非常に具体的で地域のニーズを端的に反映したものとなっている。地域連合は毎週のように全体の電話会議を行い、隔週ごとに全体会議を行い全体の要求のバランス、一貫性を維持するように努めていた。

ロビーイング
地域連合の結束が強まり要求内容がある程度固まった段階で、建設の許認可権限を有するオークランド市の市議にロビーイングを頻繁に行う。個別に議員に面会する時間を設定し、自分たちがどのような活動に取り組んでいるか、現状の問題点の説明をし、その問題について議員と意見交換を行い、今後とるべき政策にについて提言を行う。ロビーイングの作業は、以下の繰り返しとなる。(事前調査⇒戦略会議⇒議員への働きかけ⇒議員からのフィードバック⇒戦略会議⇒働きかけ)
ロビーイングは、解決すべき問題をどの議員の働きかけるべきかの選定から始まる。学生は、市議会議員の関心分野、過去の発言、支持組織などのバックグラウンドについて徹底的に調査、報告する。
その資料を基に戦略を立てる。横軸を問題に対する決定権限の強さ、縦軸をその問題に対する関心の高さとして、それぞれの議員をグラフ上に位置付けていく。そして、決定権限が大きく、かつ関心の高い議員を中心として、個別にどのような働きかけが有効で、どのような協力を求めていくかという戦略を立てていく。その際に注目しているのは、議員の支持基盤にどのような組織があるか、過去の経歴や関心分野などである。
各議員に30分程度ミーティングの時間を作ってもらい、各組織の代表と議員でミーティングを行う。30分という限られた時間をいかに効率的に使うかを念入りに事前に協議をしておく。議題を分単位で設定して、議員の反応に応じた対応も予めある程度想定しておく。それぞれの代表が自分の能力を最大限発揮できるところで発言するように事前に役割を決めておく。議員の過去の発言や活動から協力を得られる分野を探しだし、議員との協力関係の構築を模索する
アスレチックスの開発許可についてロビーイングをした議員の中には、非常に協力的な態度を示す議員がおり、これまでのリサーチの結果を追加文書で報告して欲しいとの要望があり今後情報交換を強化していくことになった。また、議員からは、議会の内部での力関係や関心分野などの情報を得て、今後のロビーイング戦略を立てる際の参考にしていた。その情報に基づいて、次にどの議員と会うか、どのような切り口で話を進めていくかを翌日の会議で話し合うという流れで進めていく。
このようなロビーイングの作業の繰り返し、コミュティーグループの声が議員を通じて議会で影響力を持つように戦略的に活動している。
Ⅵ.まとめ
これまで述べたような地域連合のプロジェクトを通して、ムーブメントローヤリングの実践を学んだ。多数のコミュニティー組織による連合の中で、弁護士がどのような役割を果たすべきかということを実際に現場で悩みながら学んだ。長年活動してきたコミュニティーの組織の中で、新たに加わったばかりのCEJがいかに信頼関係を築いていくかというプロセスに立ち会うことができた。
日本とアメリカでは、歴史的、文化的なバックグランドを異にし、また、EBCLCのモデルは、人種差別、経済格差に起因する問題に、長年地域で活動するコミュニティーグループと共に総合的な解決を目指すという点で、日本の現状の法制度や社会的ニーズにそぐわない点も多いと感じる。
もっとも、今後日本社会がさらにグローバル化し、外国人労働者の割合が増え、人種や民族の多様化が進行する中で、人種差別、経済格差、地域社会の分断などEBCLCが取り組む問題と共通する社会問題が深刻化していくことが大いに予想される。そうなれば、これまでの個別の案件を訴訟の場で解決するというアプローチだけでは根本的な解決が図れない問題も生じる。
その際には、困難な地域課題解決に30年以上も試行錯誤を繰り返しながら取り組んできたEBCLCの活動は、日本の市民運動にも参考になる点が少なくないと私は考える。


