ケヤキの食葉性害虫の実態と対策 大澤正嗣

『ケヤキの食葉性害虫の実態と対策』
講師:大澤正嗣先生 講演要旨
(山梨県)森の教室出前 富士フィルム環境助成金FGFの対象事業

1. 講演招請の目的:

青梅市の多摩川流域に多数自生して美しい景観をもたらしているケヤキの樹木に、5~6年前から食葉性害虫(ヤノナミガタチビタマムシ)による深刻な食害が発生している。それは一年間に数回の落葉を起こして、隆々たる大木であっても、そのために衰弱化して立ち枯れを来した個体も年々増えて来た。その食害は収束する兆しもなく、このままでは数年中にもこの地域のケヤキが全滅しかねないことが危惧される。そしてこのケヤキの樹木の立ち枯れは、決して青梅市の多摩川流域のみには留まらない

2. 大澤先生の紹介: (中西さんによる)

大澤正嗣講師は、日本生態学会 , 日本森林学会 , 日本菌学会 , 樹木医学会に所属される農学博士で、現在山梨県森林総合研究所で主幹研究員として、これまで樹木などに関する様々なご研究を進められてこられております。
とくにヤノナミガタチビタマムシの研究では、我が国の第一人者です。先日たまあじさいの会で、現在その繁殖サイクルやその土地の湿度などの環境条件による繁殖状況の違いを実証する実験をなされ、被害軽減の対策をご研究されて、駆除可能性などの有意義なご成果をお伺いしてまいりました。

研究課題:
☆ 害虫ヤノナミガタチビタマムシの環境を利用した被害軽減
研究期間: 2013年4月 – 2016年3月
☆ 富士山麓高標高地域における松くい虫棲息可能性調査
研究期間: 2007年 – 2012年
☆ 標高別にマツノマダラカミキリを飼育し、その標高までマツノマダラカミキリが繁殖可能かを判定する。トウヒツヅリハマキの発生予察調査
研究期間: 2002年 – 2016年
☆ カラマツ根株心腐病の被害分布の把握と対策指針の検討
研究期間: 2010年 – 2012年
☆ カシノナガキクイムシの生息調査と被害侵入防止に関する研究
研究期間: 2009年 – 2016年
☆ 山梨県におけるモモの木材腐朽菌の発生 2014年3月
☆ 富士山北麓にはどのような樹種(品種)の植栽が適するか ーカラマツ属各種、スギ精鋭樹および外国産樹種の生育について
著作:
☆ 日本植物病害大辞典(アカマツ・クロマツ根株心腐病、アカマツ・クロマツ幹心腐病、カラマツ癌腫病、カラマツつちくらげ病、カラマツならたけ病、カラマツ根株心腐病、カラマツ腐心病、カラマツ幹心腐病、ツガ・コメツガ根株心腐病、ツガ・コメツガ幹心腐病、トウヒ類つちくらげ病、モミ類幹心腐病)全国農村教育協会 1998年
☆ 森を守る(針葉樹材質腐朽病)全国森林病虫獣害防除協会 2002年
☆ 原色花卉病害虫防除 診断編(カラマツ幹心腐病. ナラタケ病)農山漁村文化協会 2003年
☆ 元気な森の作り方(カラマツの幹心材腐朽病) 日本緑化センター 2004年
☆ 樹木医学必携(材質腐朽病の基礎知識、診断(同定)依頼のための試料の採取法 (2 腐朽病害)、多犯性病害(材質腐朽病、こふきたけ病、かわらたけ病、つちくらげ病、ならたけ病、ならたけもどき病)、腐朽病の診断と対策) 日本樹木医会 2010年
受賞:2011年1月 全国林業試験研究機関協議会 研究功績賞

3. 講演の内容:

3-1  ケヤキについて

ケヤキはたいへん美しい樹木で、有用な大木ともなる。
夏には木陰をもたらし、秋に黄葉し、落葉することで冬の生活を陽光を透し明るくする。
ケヤキは扇状地の、川沿いの湿った土の深い、いわゆる一等地に、高さ40m、直径2mにもなる大木で、材木としても、建築や家具、食器にまで用途も広い。
屋敷林として、公園としても、街路樹にも、寺社仏閣にも、またご神木ともなるし、大木は高価で取引されるので経済も支える。

3-2  食葉害虫『ヤノナミガタチビタマムシ』について

そのケヤキが山梨県では7~8年から葉脈を残して食べる害虫(一般にエカキムシと言われる)の被害に遭い、そのなかでも甚大重篤なのが、体長は2~4mmの甲虫の『ヤノナミガタチビタマムシ』である。面白いと思うのは、それが自然界の摂理のひとつなのだろうが、この害虫(もしかしたら我々が把握や理解のおよばないところで何かのお役に立っているかも知れないが)はケヤキのみにしか寄生しない。もしケヤキが全滅してしまうとしたら、この種も当然絶滅してしまう。しかし逆のケースはあり得ないようである。

3-3  『ヤノナミガタチビタマムシ』の生態と食葉害

『ヤノナミガタチビタマムシ』は成虫越冬をする。その生活史は
ケヤキの芽吹きの後に、越冬した成虫は若葉を葉脈だけ残して葉の一部を変色(枯らす)することで絵を描くように食しつつ、葉に目玉焼きのような平たい卵を産み付ける。一葉に一頭となるべく、卵は幼虫に孵化して、若葉の薄い葉の内部で葉肉を侵食し、絵を描いたように葉を枯らす(潜葉)。ケヤキは、その葉を落とすことで自らを防御しようとする。その葉の中で幼虫はサナギとなり、サナギは1~2週間の間に成虫となって高く飛翔し、またケヤキの葉にとりつきまた成虫による食害をもたらす。その循環が起こり、ケヤキは一年に2~3回の落葉と芽吹きを繰り返し、成虫は越冬をする。この結果、ケヤキは著しく体力を損耗する。ゆえに害虫の被害にあったケヤキの葉はおしなべて葉肉は薄く、形も小ぶりとなってくる。

3-4  ケヤキの被害をまとめると

1) 夏から葉が褐色になり、景観を損ねる
2) ケヤキの成長の極端な鈍化
3) 枯れ枝は増加する
4) ケヤキが枯死することは稀である。(大澤先生の7年間の観察では僅かに2例
のみ)
5) 二次被害をもたらす恐れあり

3-5  ケヤキ防護の対策

この『ヤノナミガタチビタマムシ』の生活史(ライフサイクル)の習性を利用すれば、
食害の軽減ができるのだろうか。
大澤先生の意見では、『落葉の除去を行うとある程度の被害怪訝が出来た。ケヤキ落葉期間は約25日であり、落葉開始13日後およびその12日後の計2回、落葉を除去することで、
『ヤノナミガタチビタマムシ』被害を軽減できると推察される』とのことである。
しかし、、、、
1) 労力的にたいへんである
2) 周囲のケヤキから害虫が飛来してくる
ということから現実的には、落葉除去を行うことが(作業がやりやすい)出来て、更に周囲にケヤキが生息していない場所は限られているのが問題である。

その他の対策として
1) こも(莚)をケヤキの幹に巻く
ある程度の効果はあるにしても、害虫が越冬するのは幹の高いところ(10m以上)であったり、あるいは隣接するヒノキの皮の下で越冬するのも発見されている。
成虫が越冬するのは、ケヤキのみに限らない。
2) 病原菌(ボーベリア・バシアーナ)付きの布をケヤキの幹に巻く
ある程度の効果はあるものの限定的
3) 農薬のオルトラン・カプセルを幹に注入(あくまで試験的に許可を得て)
害虫の除去に(劇的)効果は認められたが、一年限りの限定的
カプセルを埋め込むのに幹に穴を穿つことで、幹を傷つけてしまう
もとより本農薬のケヤキへの散布は、農薬取締法で認められていない。
現状では法律違反となってしまう
4)下草刈りは有効か?(落ち葉掻きを有効に行うには下草を刈ってからがやりやすい)
山梨県のケヤキ公園の場合であるが、野外コンサートをするために下草刈を行った
ところ地面が乾燥したせいか、『ヤノナミガタチビタマムシ』が激害する事態を招いた

この被害対策をまとめると

落葉が回収できる ―― 周囲にケヤキがない ―― 落葉の回収:効果大

―― 周囲にケヤキがある ―– 落葉の回収:効果少なし

落葉が回収できない ―― 微害林 ―― 放置

―― 激害林 ―– 調査

4. 以前1977年にも東京都にて同様のケヤキの食葉害が発生していた!

東京農業試験場の土屋大二先生(当時)の調査・発表の紹介
『東京都のケヤキに発生したヤノナミガタチビタマムシの生態とその被害について』
(森林防疫29巻 p144-148・1980年)先人の論文があることをご紹介頂く
その骨子は;
「河岸の急斜面地や山里付近の屋敷林に存在するケヤキが初夏を迎えるとともに落葉を開始し、初秋には再び芽を吹き、新緑の頃を思わせる現象を呈し、そこを訪れる人々の目を驚かした。」
「調査したところ、ヤノナミガタチビタマムシによるものであることが判明した。」
「東京都内に普通に生息している本種が、どのような原因で突発的に大発生したのか、今のところ不明である」

1977年当時の被害分布を見ると、ほぼ青梅市領域の多摩川、成木川と平井川、秋川と淺川の上流であり、奇しくも今回我々が問題視している2008年頃からの被害発生とほぼ重なる。

5.  その他のケヤキの食葉害が発生している地域

大澤先生には埼玉県飯能市からの問い合わせ・相談が電話であったらしい。
他にも、当時と同じ頃に京都の嵐山で大規模の被害があったようである。長野県でも発生が確認されているようであるが軽微であるらしい。

6.  大澤先生からのフォロー

後日談めきますが、4日のご講演の後、9日に下記の内容のメールを先生より受信しております。
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青梅ではお世話になりました。また、お礼のメールを有り難うございました。
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青梅の被害を見せて頂き、新たな研究の方向性が見えたように思いました。と言いましても当たり前のことかも知れません。ケヤキの多いところで被害が激しくなるのでは?ということに今更ながら気付きました。
?
今回のヤノナミガタチビタマムシの被害ですが、山梨県では都市や工場付近というよりむしろ農村地帯の神社、森林公園、低山帯の渓流沿いのケヤキ等で起こっており、山梨を見る限り、大気汚染や工場からの汚染等は考えにくいのではないかと思っています。
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ヤノナミガタチビタマムシで、助成金を頂いているとのことを伺いました。その内容については存じ上げておりませんが、私のこれまでの研究では、
①??? 落葉の除去は1枚拾うと1頭除去できるので、その意味では確実な方法であること
②??? 落葉してから成虫が出るまで2週間かからないので、落葉除去を適期に行うこと
③??? 近くにケヤキの大被害地があるとそこからの飛来で効果が出にくいので、すこし孤立したようなケヤキ林が狙い目であること
④??? 落葉除去時に藪を刈ると落葉除去を止めた後に被害が激しくなる可能性があること
の4点です。
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また何かありましたら、ご連絡下さい。
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大澤先生、当日のご講演とその後のご対応にあらためて感謝申し上げます。

7.  土屋大二先生との面会

さて、当日の講演にてもご紹介のあった、土屋大二先生に本日午前中に八王子市内で面会することが出来た。土屋先生は東京農業試験場を定年退官された後、現在は樹木医として、また東京都畜産試験所においても堆肥製造などについて相談役のようなお仕事にご活躍されている。今日の話の内容のほとんどは先日の大澤先生のご講演内容に沿ったものであったが、土屋先生の東京都のチビタマによるケヤキの食葉害についての論文は、「京都の嵐山の事例を研究されていた奥田史郎先生の同じテーマの論文よりも僅か1週間早く発表されただけで、本件の代表的論文となる栄誉が得られた」と率直なコメントをされていた。なお、この奥田先生は本テーマの完璧な防護・対策について日本森林学界にて昨年だかに発表なさったように聞いておられるようだ。(筆者はさっそくネットで調べてみたが把握できずにいる)土屋先生もこの現場からは遠ざかっておられる故に、はっきりとは確認することはできないとのこと。どなたか、トレースのご協力を得られれば有難い。

8.  本日の野外活動と今後のたまあじさいの会の取り組み方

今後この『ヤノナミガタチビタマムシ』の食葉害はどのように推移して行くのだろうか。
前回の1977年に西多摩の川の流域のケヤキを襲った食葉害は、数年後には自然に収束していったとのことである。今回も、そのような自然の摂理、あるいは天佑のようなものを手を拱き、ただそのように期待して座して見ていれば宜しいのだろうか。(確かに収束に移り行く傾向があるかのようにも見えるが、しかし概ねの意見は場所により程度の違いが例年より顕著であり、一般論としては軽微の傾向にあるとの認識である)

東京都での場合は、猛威を篩った前回1977年からやく40年が経過しようとしている。もし身近にこの数年で伐採された大木のケヤキの年輪を読むことが出来れば、年輪の外側から37~38番目あたりの年輪の幅はおそろしく密度が重なっているに違いがない。(大澤先生の上記の結論:ケヤキの成長の極端な鈍化が生じる) あるいはもっとそれ以前にも、例えば80年前にも同じような数本の細かい密度の連林を発見できれば、実際のこれと同様の被害が周期的に発生していることを発見できるかも知れない。そのようなことでこの異常な、ケヤキや自然にとってはたいへん痛ましい『ヤノナミガタチビタマムシ』の食葉害の発生のメカニズムの原因解明に役立つこともあるかもしれない。

本日(10月25日)の午後は、青梅市の多摩川流域(簡保の宿=万年橋下と和田橋付近)と羽村の阿蘇神社近くの現場を踏むことにより、ケヤキの害の程度を確認し、今後2年間の調査方法と、実験の方法について現場主義に基づいて基本方針を検討した。

簡単に述べるならば、観察の場所を現在被害が発生している現場より少し広げて、多摩川流域の上流から下流まで、数箇所の場所を認定して、そこでケヤキの状態・樹勢など観察しやすい樹木を一箇所に前後左右方向にそれぞれ2・3本、つまり10本程度の基本台帳を作り、同じ樹木、合計100本ほどを継続して定点観察してゆく。つまり点と点を結んで、線をなすことで多摩川流域の全体のケヤキの状態・『ヤノナミガタチビタマムシ』の食葉害の実態のダイナミクスを二年間にわたり把握してゆく。さらに羽村市の阿蘇神社参道あたりの『ヤノナミガタチビタマムシ』の食葉害による落葉をこまめに清掃することで、その肯定的な影響と結果を求める実験も同時におこなって行きたい。

無論、この方法は本日の現場を踏まえての意見の集約である。もっと意味のある、有効で効率的な方法があるに違いないし、その方向への完成度を高めるための検討材料、叩き台である。『たまあじさいの会』では運営委員会などの会議を通じて、さらに検討を重ねて生きたいし、第三者のご意見も承る機会があればまさに望外の喜びでもあります。

文責: 古澤
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